Chasm(in silver soul/邂逅編)|君はよく笑った|神楽視点

 勝手に木刀を持ち出して、お金に換えようとしたら、神様はしっかりと見ていたみたいで罰を受けた。
 けど、元はといえば、あの天パが悪いネ。
 万事屋の給料が先月も酢昆布。その前も酢昆布。また今月も酢昆布。
 青春がずっと酢昆布ばっかり。
 酢昆布は好きだけど、他にも欲しいものだってあるネ。
 でも、私じゃ何を言っても"酢昆布でいいだろ"の一言で終わり。
 じゃあ別のヤツならって考えてみるけど、新八じゃ力不足、姐御は協力してくれるかもしれないけど何か別なものを要求されそう。かといって、他にめぼしい人間に心当たりがなかった。

 マニアの天人を撃退して…そのまま万事屋に帰るのがなんとなく嫌で、そのまま定春と一緒に大江戸デパートの屋上でぼんやりする。
 来たときにはいた露店の店員は、さっきの騒ぎでどこかに逃げていってしまった。かといって、レストランはお金がなくて入れない。銀ちゃんに謝ることと空腹感を天秤にかけたら、段々とお腹のほうが勝ってきた。
 ……仕方ないから、銀ちゃんに謝ろう。
 そう思って立ち上がったところで、背筋に冷たいものが走り抜け、反射的に傘を握り締めて振り向いた。

「神楽ちゃん?」
「叶!」

 いたのは、真選組の隊服姿の叶。ワタシは傘を下ろして飛びつこうとして、そして踏みとどまった。
 銀ちゃんが"叶はよわっちいから、他の奴らみたいに飛びつくな"って、ワタシに口を酢昆布みたいに酸っぱくして言ってたのを思い出したから。

「久しぶりアルな!」
「そうだね。前に会ったのは半月ぐらい前かな?」

 叶に大きく頷いてみせた。
 二回目に会ったときのざわざわは気のせいだったみたいで、今では叶が万事屋に来るのを楽しみにしている。
 だって、叶は美味しい人ネ!

「この間の叶が持ってきてくれたコロッケ、すごく美味しかったアル!また持ってきて欲しいネ!」
「それは良かった。今度、皆で鍋でもしようか」
「お肉いっぱいアルか!?」
「もちろん。牛か豚か鳥か…何がいいだろうね」
「全部がいいアル!」
「そうだね。全部入れようか」
「楽しみネ!
次はいつ来てくれるアルか?」
「ええっと…」

 叶は困ったように頬を掻いた。
 多くても月に一回。それが叶が万事屋にこれる回数。ヅラの仲間のテロなんかがあると、さらに先延ばしになる。

「護衛ならワタシがするアル!だから毎日来るヨロシ!」
「ありがとう、神楽ちゃん。けど…なかなかそうもいかないんだ」

 叶は銀ちゃんのパピーみたいな人らしいけど、銀ちゃんとは真逆で凄く弱いからかぶき町にはなかなか来られないのだと、銀ちゃんが言ってた。確かに叶は銀ちゃんの言ったとおり凄く細くて鈍臭くて、万事屋の階段を踏み外したりもしていた。
 だから、真選組だって聞いてもずっと嘘だと思ってた。

「ホントに、真選組だったアルか」
「疑ってたの?まあ、無理も無いか」

 いつものように困ったように眉根を寄せて、叶はワタシに笑ってみせた。





 あのまま屋上にいるとまずいから、と、ワタシと叶は大江戸デパートのレストランに移動した。
 好きなものを注文していいと言われたので、遠慮なくメニューを片っ端から全部注文すると、叶は銀ちゃんみたいに怒ったりせずに、また笑った。

 叶は、よく笑う。
 例えば、銀ちゃんが変なことを言ったときとか、定春がすりよってきたときとか、新八が突っ込みを入れたときとか。
 誰が何を言っても、いろんな風に笑って怒ったりしない。その代わり、楽しそうにしているところも、見たことがない。
 笑ってるのに、悲しそうで、寂しそうで。そんな叶の笑顔が、ホントはあんまり好きじゃなかった。

「それにしても、大騒ぎの中心に神楽ちゃんがいるとは思わなかったよ」
「そういえば、叶は現場にこないんじゃなかったアルか?」

 全然、戦うことがさっぱりな叶が来たところで、絶対何もできなかった。
 オブラートに包むとか、そういうことは一切せずに、ワタシは叶に言う。
 すると叶はまた、嫌な顔もせずに眉尻を下げて微笑んだ。

「それはもう一人、僕と一緒に来た人が担当してくれているから大丈夫。
僕は事後処理に来たんだ」
「ジゴショリ?何アルか?」
「まあ、後片付けだよ。ところで、神楽ちゃんはあそこで何をしていたの?」

 訊かれて、叶なら銀ちゃんをなんとかしてくれるかも、と思いつく。

「聞いてよ、叶。ワタシはもう耐えられないアルよ!」

 望みを託し、銀ちゃんの非道っぷりを叶に暴露した。

 どれだけ働いても、何をしても、報酬がずっと酢昆布なこと。
 最近のご飯が、ずっと豆パンなこと。
 レディに対する態度がなってないこと。
 色々たくさん。口にしたら止まらなくて。
 叶はワタシを、何も言わずに全部聞いてくれた。
 そして、ワタシが話を止めるのを待ってから、静かに言った。

「それは、ギンジが悪いね」
「そうアル!叶は話が解る奴ね!!」
「苦労しているみたいだね。
けど、万事屋が苦しいのも解っているんでしょ?」

 問いかけられて、ワタシはフォークを置いて頷いた。

「ギンジも悪気があるわけじゃないからね。やる気もないけれど」
「それはわかってるアルよ………。ちゃんと、木刀は返すネ」
「神楽ちゃんは、本当にいい子だね。
……そうだ」

 何かを思いついたらしい叶は、紙とペンを出してサラサラ何かを書き始めた。
 中身は…ミミズがのたくった様な字で読めない。
 しばらくして書き終えたそれを、叶は厳重に何度も折り曲げて、私に渡してきた。

「これを渡せば、きっと解決するよ」
「何書いてたアルか?」
「秘密だよ。知りたかったら、ギンジに聞くといい…まあ、教えてはくれないだろうけど。
中を見ずに、ギンジに渡してね」

 絶対、ダメ。
 それは悪魔の言葉。
 なんだか指先がうずうずするけど……我慢我慢。

 レストランを出たら、太陽がかなり傾いていた。

「もうすぐ日が暮れるね」
「あ……」
「すぐに戻るのは、なんとなく気まずい?」
「………ん」
「そっか。
なるべく早く帰ったほうがいいだろうけど」

 くしゃりと頭を撫でられる感触は、銀ちゃんとはちょっと違った。
 銀ちゃんよりも柔らかくて軽い。銀ちゃんの手も嫌いじゃないけど、叶の手も悪くない。

 そういえば…、と銀ちゃんのパピーみたいな人って言ってたけど、叶は…

「叶は何歳アルか?」

 途端に、叶の動きが少しだけ止まった。
 聞いちゃいけないことだったアルか、と、急いで言葉を探すけど、見つからない。

「…数えたことなかったな」

 ぽつり、と叶が言う。
 自分の年がわからない?

「ええっと…将軍家より長生きなのは間違いないから、まずは200でしょ」
「200歳アルか!?」
「いや、多分その…倍ちょっとぐらい」

 新八のちょっと上ぐらいの顔なのに、中身は新八の二十倍。
 身体は子供、頭脳は大人どころか、身体は子供、頭脳は爺。
 そんなことは信じられないけど、叶が嘘を言っているようには思えなかった。

「吃驚した?
まあ……そのぐらい長生きなのは僕ぐらいだから当然か」

 "僕ぐらい"
 つまりそれは……

「叶のパピーやマミーは?」
「いないよ」
「にーちゃんとか、ジジイとか、」
「いないよ。
僕と同じ存在は、僕以外には存在しない」

 そう、叶は言い切った。

「……ずっと一人ぼっち。寂しくないアルか?」
「神楽ちゃんは優しいんだね。
けれど、僕はもう慣れてしまったよ」

 だから、大丈夫。
 そう叶は言いたかったのだろうけど、全然大丈夫に見えなかったし思えなかった。

 どうして叶が、いつも泣きそうに笑っているのか、ようやくわかった。
 わかったけど、どうしようもない。
 ワタシにできたのは、腹に力を入れて、叫ぶことだけだった。

「叶!!」

 夕日の影になって、黒い影になった叶がワタシを振り返った。

「ワタシがまた遊んでヤルヨ!!」

 真っ暗で、叶がどんな顔をしているのかは分からない。

「ありがとう。またね」

 その叶の声は、いつもと何も変わらなかった。





 帰って、叶に渡された紙を銀ちゃんに渡したら、銀ちゃんが青ざめてびりびりに手紙を破いて、その日の夕飯はおかわり自由になった。
 一体何が書かれていたのか。
 気になって何度も銀ちゃんに聞いたけど、そのたびに"おかわりはもういいのか?"と聞いてきて有耶無耶になってしまった。

 新八ならもしかしてあの手紙が読めるだろうか?
 こっそり回収しておいた手紙の切れ端を明日渡してみよう。
 そう思いながら、ご飯を胃に流し込んだ。
 結局、手紙の切れ端は次の日に酢昆布に変わったけど。

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