Chasm(in silver soul/邂逅編)|水溶性パルス|志村新八視点

 久々に、本当に久々に、指折り数えれば36日ぶりに、万事屋に仕事が入った。
 実入りの多い依頼ではなかったが、この約一ヶ月で仕事はゼロ。
 受けないという選択肢は浮かばず、万事屋三人プラス一匹の総出で依頼に挑んでいた。

 銀さんは北、神楽ちゃんは西、定春が東で、僕は南と、手分けして目標を探し回る。
 草の根を掻き分けて。
 もう形振りも構わず。
 それこそゴミ箱まで漁る勢いで………。

「あれ、新八君?」

 民家のゴミ箱の中からゴミを出して頭を突っ込んでいたところで、背中から声が掛けられ体が硬直した。
 ゴミ箱に頭から突っ込んで探しものをする姿なんて、知り合いには絶対に見られたくない姿だ。
 なんでよりによってこの体勢の時に見つけるんだよ!もうあと五分前なら公園のベンチの下を覗きこんでいるところで……いや、それもそれで見られたくないところだったけど…少なくともゴミ箱よりはマシだ。

 しかし、見つかってしまったからには何らかの対処をしなければいけない。
 違いますよ、と裏声を出してしらばっくれるか、開き直るか、聞かなかったことにするか………どの選択肢を取るかで迷った僕は、とりあえず相手を確かめようと、首を捻りながら一体誰なのかを考えた。

 声は中性的で、性別はわからない。そして声を聞いただけで思い当たる人間はいない。
 "新八君"なんて呼ぶのはあのゴリラ…もとい、近藤さんぐらいのものだが、声はそこまで野太くなかった。
 しかし知り合い全部を並べても、そんな風に呼ぶ人間はいない。姉上なら"新ちゃん"だし、銀さんや神楽ちゃんなら"新八"か或いは"眼鏡"。真選組の人たちも同じような理由で却下。やっぱりいないなぁ……って、あれ。僕って友達少ない?

 なんとなく寂しい事実に僅か三秒で気付いたところで思考を止め、恐る恐るその姿を目に映した。

「叶さん……?」

 そこにいたのは、最近知り合ったばかりの東条叶さん。真選組に属していると聞いているが、前と同じく隊服ではなく鳶色の着流し姿。肩にはやはりあの猫が一匹。そう会った回数も多くないから忘れていたが、この人も僕のことをまともに呼んでくれる人だったなぁ………。
 その叶さんから注がれるのは、不信感一杯の訝しげな視線で。
 肩に乗っている三毛猫の視線までもが、突き刺さるように痛く。
 相手がわかったところで、見られたのが叶さんでよかったのか悪かったのか。僕にはわからなかった。





 なんともいえない空気が漂ったところで、なんとなく場所を移そうということになり、近くの叶さんの馴染みの甘味屋に腰を落ち着けるにいたった。とはいえ落ち着いているのは、叶さんの膝の上で丸くなっている三毛猫ぐらいのもので、互いに互いの顔が見られずあの空気は払拭されていない。加えて、ちらちらと視界の端に映るのは、先ほど僕が頭を突っ込んでいたゴミ箱。少し……いや、かなり居心地が悪い。
 狙ってのものではないだろうけれど、もう少し離れた場所に行きたかった。

 驕ってもらったバニラアイスを口に運びながら、互いに口を開くのを待つ。待つ。待っている。
 というか。

 空気重ェェェェ。

 何この重さ。アイアンジャケットでも着ている気分なんですけど。
 叶さんの三毛猫がいるため、通されたのは店先の朱色の長い椅子。お互いの間には、もう一人ぐらいなら余裕で座れるだけのスペースが開いている。手を伸ばせば届くその距離だけど、マリアナ海峡でもある気分だ。
 口に殆ど機械的に運んでいるアイスの味がわからない。

 何か朗らかな話題をと考えている内に、根負けしたのは叶さんで。

「ええっと……変なところで声を掛けてしまってゴメンね」

 こちらとしては一番触れて欲しくないところに、ストレートの剛速球を叶さんは投げてきた。

「いえ……こちらこそ、お見苦しいところをお見せしまして……」

 沈黙。会話終了。
 会話のキャッチボールはデッドボールで試合終了……みたいな気分だ。

 がりがりがりと、コーンを噛み締める。最後までアイスの味はわからず、コーンの破片が口の中に張り付いた感触だけがやけに残っている。

「その………新八君はあんなところで何をしていたの?」

 デッドボールで負傷した選手に、流れ弾によって更なる追い討ちが掛けられた。
 いやしかし、これは誤解しているかもしれない叶さんの認識を正すチャンス。

「ね、猫を……猫を探しているんです」

 そう思ったら力が入りすぎ、猫という単語を何度も繰り返す結果となった。

「猫?」
「け、今朝ですね。迷子になったから探してくれって、依頼が入りまして。知りませんか、この猫。野島さんという人の猫なんですけどね。真っ黒で、なのに足先だけ真っ白で。しかも猫なのにマニキュアなんかつけちゃって、しかも猫なのにポチって言うんですよ。
だからあれは、そう、捜索の一環の行動で!」

 写真を見せながらの説明は、自分で自分に怪しすぎると突っ込みを入れたくなるぐらいに早口になってしまった。
 自分でも怪しげな挙動だったと解ってはいるが、これは事実。

「なんだ。そっか。てっきり僕は………いや、何でもないよ。気にしないで」

 ものすごく気になります。
 しかし、中身を聞けば自分への精神的ダメージが計り知れないので、聞かなかったことにする。
 叶さんが本当に信じてくれたかどうかはわからないが……信じてくれているといいな。
 そんな希望的観測を頭に置いた僕に、叶さんは問いかけてきた。

「万事屋の依頼?」
「そうです。しかもどこに行ったのか皆目見当がつかないといわれて……、皆で方々探し回っているところなんです」
「うーん……僕は見たことないなぁ」
「そうですか…」

 とはいえ、誤解を解くという目的は達成したのだから問題ない。
 そろそろ捜索に戻らないと…と、礼を言って立ち去ろうとした僕の手から、失礼、と叶さんは僕の手から写真を取り上げ、膝の上の三毛猫の喉をさすって揺り起こし、その目の前で写真を揺らした。

「シャミ。このポチっていう猫、知らないかな?」
「あはは、猫に聞いて解るわけがって……」

 じっくりと写真を見つめた三毛猫は、軽い動作で叶さんの膝から飛び降りた。
 三歩進んで、そして僕等を振り返る。
 ついて来い、とそういうことなのだろうか。
 叶さんを見遣れば、笑みと共に立ち上がり、三毛猫へと近づいて行く。
 半信半疑ながらも、歩き始めた二人?に少し遅れて、僕もその背を追いかけた。

 三毛猫は獣道などは通らず、人がちゃんと歩ける道を選んで歩く。そのスピードも速すぎず遅すぎずで、まるで前を歩いているのが人間のような錯覚を覚える。飼い主ともども、何て出来た猫なんだ。ウチの犬とその飼い主にもその爪の垢を煎じて飲ませたい。ドラム缶いっぱいぐらい飲ませれば、少しぐらいは効果もあるだろう。
 悠然とメトロノームのように揺れる尻尾が、時折右に、左に、折れて………たどり着いたのは、長屋の一角だった。

 酒瓶を抱えて眠る浪人の傍を通り抜け、訝しげな視線をよこす子供を背負った女性に道を譲り、そして、

「ポチ!?」

井戸の傍の木の下で丸くなっていた黒猫を発見した。
 飼い主が自慢げに語っていた足の真っ白な毛は土色で、全体的に写真より汚れていたが、紛れもなくそれは捜し求めていた猫のポチだと、その首に赤い紐で下がっている鈴とトンボ玉が教えてくれた。

「ホントにいたんだ…」

 とまあ、叶さんの方から聞こえてきたような気がした呟きは聞かなかったことにして。

 僕は逃げられないように猫にゆっくりと近づいて、そっと抱き上げた。
 猫は大人しいもので、僕に抱き上げられた一瞬だけ目を開いて、再び眠りについた。

 猫の首の紐に持ってきた紐を通して、紐の先をしっかりと自分の手首に括りつけ、もう逃げ出せないようにしたら仕事は終了。後一週間はかかるだろうという予測はいい方向に外れ、無事に叶さんのお陰で仕事を終えることが出来た。これならば成功報酬も期待できるだろう。
 僕はしっかりと猫を抱いたまま、叶さんに頭を下げた。

「ありがとうございました!!」
「いえいえ。お礼ならシャミに」

 ぷらん、と叶さんは三毛猫を抱き上げて僕の方へと掲げる。

「あはは。ありがとう、シャミ」

 僕がお礼を言うと、三色の尻尾が僕に喝でも入れるように、手首の辺りを軽く打ってきた。
 ……もしかして猫にまで僕は下に見られているのだろうか。性分とはいえ、少し悲しくなってくるような…。

 それじゃあ、と帰ろうとしたところで、袖が微かに引かれた。

「叶さん?」

 迷ったように視線を彷徨わせた後、叶さんは口に出した。

「神楽ちゃん…だっけ。あれから大丈夫?」

 首を傾げつつ、尋ねられた。
 叶さんも、あの祭りの前日の神楽ちゃんについて気にしていたのだろう。

「ええ、大丈夫です。特に変わった様子もありませんし、多分叶さんの所為じゃないと思いますよ」

 あの神楽ちゃんの様子が少しおかしくなった後、叶さんから離れてしばらくすると神楽ちゃんはけろりといつもの調子に戻っていた。
 とはいえ、叶さんが原因とは考えにくい。
 神楽ちゃんの話では、叶さんと会ったのはあの日が二度目。叶さんに何かされたわけではない、と神楽ちゃんはきっぱり否定していた。それに最初に会ったときは特になんともなかった。
 きっと場所が悪かったのだとか、或いは叶さんについていたらしい真選組の人の気配がいけなかったのだとか、そんな感じの適当な結論が出て、今では誰も気にしていない事だ。

「また今度、改めて謝ろうと思ってるから、とりあえず今日はこれ、渡しておいてくれないかな」
「え!?」

 ピンクに可愛らしくラッピングされたものだった。
 手のひらに乗るぐらいの小箱で、ラメ入りのリボンまで掛けられている。

「本当は僕が万事屋に行くべきなんだろうけど、かぶき町には行っちゃいけないって言われていてね。
この間は、久々に会えたのも嬉しくて…まあ、こっそりと…。だから真選組の人たちには秘密で、ね」

 ちらりと電柱の辺りに、一瞬だけ、本当に見逃してしまいそうなほどに刹那の間だけ視線が向けられた。
 その意味するところは、あの祭りの前日のときと同じくきっと真選組の誰かに尾行されているということなのだろう。
 何故叶さんにそんなものがついているのか。銀さんは顔を少し顰めただけで何も言わなかったが、仲間を仲間内で疑うようなそんな行為をするなんてそんな…。

「ああ。違う違う」

 僕の思考を読んだかのように、ぱたぱたと叶さんは目の前で手を振った。

「僕はね。弱いんだ」
「へ?」
「腕っ節のほうが全然で。
なのに立っているだけで狙われるような組織に属しちゃってるものだから………まあ監視の意味があることは否定できないけど、僕の護衛でもあるんだ」
「そうだったんですか…」
「この間の祭りでいろいろあったばかりだし、念のためにって、副長がつけてくれてね。
そのうち目を盗んで万事屋には行こうと思ってるんだけど」

 悪戯っぽく笑い、叶さんは言った。
 それに、僕は同種の笑みを返す。

「そのときはお手伝いしますよ」
「じゃあ、依頼させてもらおうかな。料金はさっきのお店のお団子かな」
「是非お願いします。神楽ちゃんはああ見えてたくさん、それこそ僕の十倍ぐらい食べるので。
あれも夜兎の特性なんでしょうかね」
「夜兎?天人の?」

 思わず口に出してしまったそれに、はっとなった。

 身の回りには少ないが、地球人は天人にあまりいい感情を抱いていない人間は多い。なのに、迂闊に言うべきじゃなかった。
 後悔は先に立たないもので、言ってしまったものは仕方がないと取り繕おうとするが、丁度いい言葉が思い浮かばない。

「彼女、夜兎なの?」
「ええ、そうですが……」

 そう聞き返してきた叶さんの声に嫌悪感はなかった。
 最強と名高い戦闘種族の夜兎の名は、エイリアンバスターの星海坊主のこともあり、地球でも売れているほうでもある。

「ああ、心配しなくていいよ。知り合いに、夜兎の子がいるからね。縁があるなって思っただけ」
「へぇ、そうなんですか」
「好戦的でね。もう十年ぐらい会ってないかな」
「やっぱり、番傘を持っているんですか?」
「光を苦手とするのは夜兎の特性だからね」

 雨空を見上げながら、青空が見たい、と零していた神楽ちゃんを思い出した。

「愚かな先祖の咎を、子々孫々の未来で雪ぐのは至当なこと…というのは"彼等"の言い分だね。僕も概ね同意する」
「え?」
「それじゃ、またね」

 そうして含みのある物言いをした叶さんは、僕を置いてけぼりに、三毛猫を肩に乗せて真選組の屯所の方へと去っていった。

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