Chasm(in silver soul/邂逅編)|夏の警鐘は鳴り止まない|主人公視点

 残暑という言葉を忘れたかのように、太陽はその存在感をしっかりと空に示していた。
 燦々とふり注がれる光をさえぎる雲は一筋も見当たらない。そしてここは橋の上でもあるので、屋根どころか木陰すらも見当たらない。こんなことならば日傘でも用意すればよかった、と心の底から後悔した。
 僕一人ならとっとと涼しいところに動いているところだが、一人ではない上に近くというと、副長命令の元で立ち入り禁止に指定されているかぶき町しかないからそうもいかない。かといって用事もまだ済んでいないから、暑さでだれながらもここを離れるわけにもいかず………気休め程度に欄干の影に入るようにしゃがんで、がしゃがしゃと機械音が響く橋の下を見遣った。

 橋の下には巨大なロボットが並び、それらの間を縫うようにあくせくと動き回る老人が一人いるのが見える。その人は意外と愛嬌のあるロボットたちの製作者のようで、壊れてしまったロボットを必死になって修理しているところらしい。
 そういえば、祭りの余興にロボットを使った催しがあると聞いたが、もしかしてこれがそうなのだろうか。祭りまでそれほど時間が無いというのに間に合うのだろうか、とうだる暑さに脳をやられながら他人事ながらも考えていると、ロボットの間から老人とは違う三人が出てきて、僕のいる橋の方へと向かってくるのが見えた。

 一人は袴姿の眼鏡の少年。
 一人は身の丈ほどの腕を抱えたチャイナ服の女の子。
 そしてもう一人。
 銀髪頭で腰に木刀を差した男が僕に気付いて手を挙げて合図してきた。

「よぉ」
「や。一月ぶり、ではないけれど同じぐらいは時間が経っている気がするね」

 暑くてだるくて動くのが億劫で、欄干に腰掛けて三人が近づいてくるのを待つ。
 そんな僕の様子にギンジは苦笑して、さりげなく自分が影になるように太陽を背にして立ってくれた。

「こっちは饅頭を待ってんだけど……まあ、しかたねぇか」

 ちらりと、何かを窺って、ギンジは言った。
 やはりどこかに真選組の監察がいるのだろう。僕にはどこにいるのかさっぱりわからないのだけれど、さすがは白夜叉だ。
 最近は監視も解かれていたが、何しろ今度の祭りには上様が来るということで厳戒態勢が敷かれており、今日もでかけるなと言われたのを無理して来たのだ。だから監視というよりはどちらかというと、何か厄介ごとに巻き込まれないように…という副長の計らいに近い。まあ、監視の意味合いがゼロでないことも確かだが。

 僕等がやり取りをしていると、隣の少年が知り合いですか?とギンジに聞くのが見えた。
 問われたギンジはといえば、意地の悪い笑顔で、まぁな、と答えていた。

「同じ江戸にいるのに、僕等はあまり出会わないね」
「あんまり屯所の方には近づきたくねぇからなぁ……」

 頭を掻きだるそうにギンジは言う。すると、真選組の知り合い…ということで、隣の少年…志村新八が、声にならない声で驚いていた。
 このままギンジと話を続けて反応を見るのも楽しそうだけれど、少しかわいそうなので種明かしをすることにしよう、と一度ギンジに目配せをしてから新八君に向いた。

「こんにちは」
「えっと、初めまして、僕は…」
「初めましてじゃないよ、志村新八君。前に一度、会ってるじゃない」

 中指と薬指を親指に合わせ、人差し指と小指をピンと立て…手の形で狐を作る。そしてコンと、狐のように鳴いて見せた。
 察しは悪くないようで、少年は僕とそしてギンジの意地悪な顔を見比べて口をパクパクと開閉させた。

「え、あ、まさか!?」
「叶だよ。何だお前、もう忘れちまったのか。記憶力は眼鏡並みだな」
「眼鏡並みって何ですか!意味がわかりませんよ!」

 にやにやとしながらギンジが新八君に言う。
 すると、新八君は僕の顔を穴が開きそうなほどに見つめてきた。

「ちょっと銀さん!」

 志村新八がギンジを僕から離すように引きずって、二人は橋の端の方まで離れていった。
 折角の日影がなくなり、再び僕の肌を焼き始めた太陽をにらみながら、僕は遠くの二人の内緒話にしては大きすぎる声に耳を傾けた。

「銀さん銀さん。あの人って、銀さんより年上なんですよね」
「ああ。確実に50は超えているはずだ」
「ちょ…あれ、どう頑張って見ても僕より年上ぐらいなんですけど!?下手すると僕より年下にも見えるんですけどォ!!」
「そりゃアレだよ。究極の若返り術だ」
「究極って何ですか、究極って!ありえないでしょう!?」
「よく言うじゃねぇか。可愛いは正義って」
「意味がわかりませんし、男にかわいいって、褒め言葉じゃないですよ」
「細けぇこと気にすんじゃねーよ」
「細かいですか?っていうか、何か物足りないような…」

 志村新八は首を巡らせ、少し離れたところで、もぎ取ったような断片を晒すロボットの腕に隠れるようにして立っている神楽を捉える。
 その顔は僕の方からは広げた傘に隠れて見えない。

「どうしたの神楽ちゃん」
「お前が大人しいなんて、今から槍でも降らすつもりか?」

 軽口に対して、反応を返さない神楽に、心配そうな面持ちでギンジと志村新八が近づく。
 すると、神楽の白い手がギンジの渦潮が描かれた着物の裾をぎゅっと握った。

「銀ちゃん。私アイツ苦手アル」
「苦手?」
「何か……ざわざわするネ」

 ギンジの袖を握る手が小さく震えているのが解る。

 苦手、と言われても、僕は彼女に何かをしたという覚えは無い。そもそも、万事屋で会ったのが初めてで、それ以降接点等ない。しいて言えば、沖田総悟から万事屋の人間模様について聞いたぐらいだけど、それと彼女の反応は直接的には結びつかない。
 思い当たる節が無いわけではないけれど、口に出すわけにはいかなかったので、ギンジに向けられた訝しげな視線に、解らないと肩を竦めて返した。

「前会ったときはそんなことなかったネ。でも、今はよくわかんないけど、落ち着かないアル」

 神楽の台詞からとりあえず僕が何かをしたというわけでないことを悟ったらしいギンジは、なぜか僕に怯える神楽の肩に手を置いて宥めるようにその背を擦った。

「それじゃ、俺達はそろそろ行くからな」
「またね」

 誤解が生まれなかったのはよかったけれど、気付かない内に彼女に何かしてしまっただろうか。
 しかしやはり頭を捻っても、思い当たるものは一つとしてなかった。

 まあいいか、と問題は保留し、現実へと目を向ける。

「それで、どうだった?」

 主語などない。
 話しかける相手はひとりだけ。
 丁度目的も終えたところなのだから、主語など必要ない。

 先ず一つ溜息が聞こえ、そして低音が耳に障る。

「昔は随分とイイ獣を飼っていたんだがなァ。
どうやらこの世界に長居しすぎて…牙が腐り落ちちまったらしい」

 光の加減を操作して姿を隠蔽して僕の隣にいる晋助は、去り行く銀髪に失望を浴びせていた。

 全く……江戸に来て早々に晋助が今の白夜叉を見たいなんて言い出さなければ、こんな暑い中、橋の上に立って待つなんて非効率的なことをしようとなんて考えもしなかったし、あの神楽とかいう子に嫌われることもなかった。
 大方、あの子に関しては、この唯我独尊の塊のような男が、殺気のような不穏当な気配でも発していた所為だろう。

 大体、旧知には違いないのだから直接万事屋に行くなり何なりすればよかったのだ。
 言ったところで聞きやしないから言わないけど。

 日に焼けて赤みが差した肌がひりひりと痛み、と自然と溜息が零れ出る。
 貴重な休みの一日はこれで完全につぶれてしまった。
 とっとと手ごろな茶屋にでも入って晋助と分かれよう。
 そう思って歩き出そうとし…晋助が動きださないのに気付き、足を止めた。

「白夜叉の牙は落ちたようだがしかし……あっちの方は、磨き甲斐がありそうだ」

 猛禽を思わせる瞳が向くのは、橋の下の翁。
 口の歪みは、よからぬ企てを思いついた証。

 気にならないではないが、もう暑くて付き合いきれないし、日も暮れる。
 派手好きの晋助のことだから、わざわざ情報を集めずとも何をしたのかは耳に入ってくるだろうと、晋助が橋の下に飛び降りるのと同時に踵を返し、さっきギンジが視線を向けた方へと向かった。

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