Chasm(in silver soul/邂逅編)|フリルの咲く庭|志村新八視点
スーパーの特売で大量に買い込みすぎてしまい、身動きの取れなくなった僕は、銀さんが迎えに来てくれるのを待っていた。
買いすぎるぐらいでないと、宇宙を通り越してブラックホール化してしまっている神楽ちゃんの胃袋には太刀打ちができないのだが、足元を埋め尽くすほどのビニールを見て、少々後悔している。
「まだかな…銀さん」
五度目の同じ台詞を吐いて道路を眺めていた僕の視界に、その人は緩慢な動作で入ってきた。
祭りでもないのに、狐の仮面をつけた男の人がゆらりゆらりと歩いている。
両手両足、そして首まで包帯がぐるぐる巻きにされていて、はだけた合わせの間からも包帯が見える。
江戸版ミイラ男。そんなフレーズが頭の中に浮かんで消えた。
そんな風体なものだから目立つこと請け合いのはずなのに、誰も男を見ることなくその横をすり抜けて行く。
むしろその人を注視している僕の方が変なんじゃ…とか思いそうになる。
そうして見つめてると、ゆっくりと狐の面の角度が変わっていくのがわかり、そして…目が、合った、気がした。
「おい」
声を掛けられて振り返ると、見知った銀髪が目に飛び込んできた。
「何べん呼ばせる気だ。
それに、んなとこで突っ立ってたら通行人の邪魔になるだろうが」
「あ、銀さん」
「さっさと帰るぞ。早くしないと、ドラマの再放送が始まっちまう」
今度は何のドラマを見ているのかと考えながら、単車で迎えに来てくれた銀さんに荷物を受け渡して行く。
これ、卵とか果物が入ってるんで気をつけてください、と僕が注意をしようとしたのだが、先に銀さんに声を掛けたのは僕ではなかった。
「ギンジ」
狐の面の男が、いつの間にか銀さんと僕のすぐ傍にまで来ていて、そう銀さんに声を掛けた。
途端、銀さんは瞠目し、受け渡してた荷物をその場に落とした。
卵のつぶれた音がやたら響いて聞こえたのは、あまりにも次に飛び出した銀さんの言葉が意外すぎるものだったからだと思う。
「お、やじ?」
銀さんはかすれた声で狐の面に視線を合わせたまま言った。
世界の時間が止まる中。僕の脳味噌では、銀さんの言葉が何度もエコーが掛かって反復されていた。
おやじ、オヤジ、親父ィィィィィ!?
親父って、つまり銀さんのお父さんってことォ!?
体ごと勢いをつけて、すぐ隣にまで来ていた銀さんより背の高い狐の面の男を見た。
狐の面はしっかりと銀さんに向けられて、銀さんは狐の面を見つめている。
なんともいえない沈黙が広がる。
心の声を驚きのままに口から出してしまいたい。
しかし、ツッコミを入れていい空気ではない。
そんな空気を破ったのは、狐の面の男の声だった。
「ちょっと待ってよ。僕は君みたいな、死んだ魚のような目をした無気力そうな子供を持った覚えは無いよ」
さらりと言われた男の言葉に、銀さんの目が瞬かれた。
「え、今って感動の再会シーンみたいな感じだったよね?台無しだよね?」
「それに僕の遺伝子が入ってたら、キューティクルばっちりのサラサラストレートのはずだし」
「んだとコラ、天パ舐めんじゃねぇぞ。
あと…俺の名前は銀時だって言ってんだろ。結局直ってねぇし」
男から顔を逸らした銀さんはぼりぼりと頭を掻いて、そう言った。
なんだか良くわからない流れのままに、銀さんに親父と呼ばれた東条叶さんは、我らが万屋銀ちゃんに招かれた。
帰って早々に神楽ちゃんの"誰アルか?"という不躾過ぎる言葉にも朗らかに対応していた東条さんは、とてもできた人のようだ。銀さんと違って。
東条さんの連れていた三毛猫は定春に物怖じすることなく、それどころか仲良さ気に寄り添っている。
というか、東条さんも定春に全く驚かないので、逆にこっちが驚いた。
かなりできた人のようだ。銀さんと違って。
そんな僕の心中が伝わったのか、銀さんがジト目でこちらを見てくるが、気にせず東条さんの前にお茶を出した。
"お構いなく"と、やはり穏やかな声で僕に言った東条さんは、出されたお茶に一向に手をつけようとしない。
というのも、室内に入っても、お面を取ろうとはしないから、ある意味当然とも言えるかもしれない。
銀さんが全く突っ込まないから、僕が指摘できることじゃないのだろう。
その代わりといってはナンだが、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの……東条さん」
「できれば名前の方で呼んでくれないかな。苗字は慣れなくて」
「あ、はい。
えっと、それで、叶さんは………ホントに銀さんのお父さんなんですか?」
「まさか」
はっきりと、叶さんは否定した。
「血が繋がってないのは確実だし、父親なんて言われるようなことはしてないよ。
大体、会って最初に僕はギンジ…じゃないや、銀時のことを殺そうとしたし」
「えぇええぇぇ!?」
「まあ、結局なんだかんだで、それなりに生活したんだけどね。
それでも一緒に居たのは、総計でも一ヶ月ちょっとぐらいかな?」
「俺ン中では、人生で五番目に思い出深い一ヶ月だな」
「なんだか中途半端だね。メダルぐらい欲しいな」
いろんな事件に巻き込まれる銀さんの一生の中で五番目って、結構すごいんじゃないだろうか。
何だかんだいって、銀さんの人格形成に何らかの影響をもたらした人であるのは間違いない。
二人を見ていると、小さく僕の袖が引かれた。神楽ちゃんだった。
「ぱっつぁん、私、素昆布切れたみたいアル」
「そんな、煙草が切れたみたいな……」
「このダ眼鏡。そんなんだからお前はいつまで経っても眼鏡アルよ」
反論しようとする僕に、神楽ちゃんが僕にわかるように一瞬だけ向かい合ったまま話そうとしない二人に目配せをした。
確かに…ここに僕らが居ては話しづらいこともあるだろう。
「そういえば、僕もちょっと買い忘れたものがありました。
叶さん。ゆっくりしていってくださいね」
「ありがとう。いってらっしゃい、気をつけてね」
「……ったく。余計な気ィ回しやがって」
部屋を出て行く僕らの背中に言いつつも、銀さんは僕らに財布を投げてよこしてくれた。
中身は小銭ばっかりだったけど。