Chasm(in silver soul/邂逅編)|オアシスのすぐ傍|高杉晋助視点

 幕臣の宴を突き止めて、ひと暴れしに来た筈が、そこには既に血の海が広がっていた。
 料亭は静まり返り、代わりに鉄錆の臭いに満たされている。

 死んでいたのは全てだった。
 ただこの店を利用していただけの人間もこの店で働いていた人間も、飼われていた猫も、植物さえも例外なく、皆一様に体から血を噴き体躯を折り、元の形を失って事切れていた。
 血が濃くなるほうへと足を進めるうち、ついてくる人間は減り、終には一人だけとなった。

 最後の、幕臣がいたと思われる部屋にたどり着くと、赤の中に一点白があった。
 まるで死装束のような真っ白な衣には、これだけの惨状にかかわらず僅かも血に汚れておらず、男の持つ紅は顔につけられた狐の面の隈取だけ。それだけに異質さが更に目立つ。

「よォ」

 俺が腰の刀に手を掛けたまま、声をかけると、ゆっくりと狐の面がこちらに向いた。
 ゾクリと背筋に何かが走りぬけ、血管が泡立つ。同時に、俺は刀を抜いた。

 切っ先は、その狐の面の男に切りかからんとしていた、俺の隣に立つ男の方へ。
 僅かに刃は男の皮膚を掠め、もう黒ずんだ赤以外に色を持たない畳に、新たな紅を落とす。
 何をするのか、と傍の男が俺に問うより前に、下がるよう命ずると、不服そうな表情を一瞬だけ見せた男だったが、聡いようで、すぐに一度頭を垂れて部屋から出て行った。

 それだけの動きがこちらにあったというのに。
 狐の面の男は指先一つ動かすことなく、部屋の血の海の真ん中に立ち尽くしていた。

「半年ぶりか」

 反応は無い。
 部屋は静寂ばかりに包まれて、殺気の一つも見当たらない。だからこそ、気味の悪さが際立つ。

 近づいて、その面に手を掛けて外すと、抵抗は全く無く、あっさりとそいつは素顔を血臭に晒した。
 叶の瞳はいつもの穏やかさはなく、剣呑な色を灯していた。

「監視が取れた割には、随分不景気なツラしてんじゃねェか」
「……出て行ってくれないかな、晋助。
見ての通り。僕は今、非常に機嫌が悪いんだ」
「珍しいこともあったもんだなァ。真選組に入ったときはあんなにご機嫌だったってェのに…ッ!」

 叶の雰囲気が変わり、思わず刀を振りかぶりかけ、全力で自制する。

「うるさいよ」

 凍るような沈黙を割るようなその台詞を最後に、叶は俺から視線を逸らした。
 じっと。叶の隻眼が睨むように見つめるのは、夜空を切り裂くターミナルの赤い灯火。

「何故、僕は江戸にいるのだろう」

 淡々と。

「何故、鬼ばかりで仏がない」

 叶の口から、言葉が零れる。

「そもそも何故、彼等は江戸を目指したのか………挙げれば際限が無い。
不要なものばかりが有り余り、必要なものは僅かにしかない。
ああなんて、腹立たしいのだろう」

 紡ぎ続けた言葉を止め、叶は左右非対称な笑みをその口に浮かべた。

「この世界は、心底僕のことが嫌いらしい」

 心底、忌忌しげに、憎憎しげに。
 憎悪の限りを以って。
 まるで呪詛のように、叶は吐き捨て。

 遠くから聞こえてきたサイレンの音に意識を逸らした刹那、叶は俺の前から掻き消えた。

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