Chasm(in silver soul/邂逅編)|星屑の群れ|山崎退視点

 新しく入った東条叶についての監視と情報収集。
 それが俺に与えられた任務だった。
 命じたのは勿論、副長である土方十四郎。
 真選組創設の助力者で、松平公の恩人だとうのに容赦が無い……まあ、鬼の副長らしいといえばらしいが。

 見張っているのは楽だ。何しろ、対象がほとんど屯所から出ないのだから、本当に誰にでもできる。一週間の内でも、屯所の外に出るのは一度か二度。たった二、三時間だけ……楽は楽なのだが、あまりにも変化が無くてこっちの方が気が滅入りそうだ。
 東条さんがあまり外に出ないのは、なにも出不精というわけではなく、入隊の時の条件に日の出ている間しか屯所の外に出てはいけない…というものがあるからだろう。それを東条さんは律儀に守っている。
 その条項は東条さんを見張るためのものだが、守るためという意味も含まれているのは周知のことだ。

 東条さんは弱い。
 俺だって下から数えたほうが断然早いが、東条さんはワースト1。もう真選組最弱の名をほしいままにしているといっても過言ではないほどに弱い。
 まず、勝負にならないのだ。
 入隊試験などは特に東条さんに関しては無かったのだが、一応腕の程度を調べようと俺が相手に選ばれた。
 が。試合開始三秒。東条さんは自分の袴の裾を踏んで、俺の前ですっ転んだ。なんでも防具が重くてすり足で歩いていたらうっかり踏んでしまったというのが東条さんの言い訳で………あれには皆、目を点にしていたなぁ。勿論俺も。

 気を取り直して試合は再開されたのだが、軽く持っている竹刀を狙って打ち込めばすぐに竹刀を取り落とし、不意などつかずとも頭も肩も胴も足も打ち込み放題。僅か10分の試合で尻餅をついた回数は軽く二桁………なんというか、弱いものいじめをしている気分になり、試合は中断された。
 体力もあまりないようで、腕立ては最高で10回。腹筋は20回。走るのは一キロ手前でダウン。反射神経も鈍い。素振りをさせれば、五回に一回竹刀をどこかに飛ばすものだから、東条さんも周囲も危険で……もうこの人には何もさせないのが一番だと結論が出た。
 この人は箸や筆より重いものを持ったことが無いんじゃなかろうか。

 結果、行動が大きく制限されることを条件に、東条さんは実力主義の真選組に特例として入隊が許可された。
 特例を設けたことに対する反発もあるが、局長と副長、そして沖田隊長が入隊を許可したのだから、何もいえない。
 それは恩のある東条さんにそれを返す意味以上に、監視する意図があったのだろう。俺も…なんとなくだけど、その必要がある気がする。まあ、勘だ。
 半信半疑なんてものでもない。あるのは感覚的なものだけ。言葉にするなら…そう、違和感。違和感がある。
 言葉も仕草も気配も、どこか嘘っぽいのだ。
 だからなのか知れないが、どことなく沖田隊長は探るような視線を浴びせているし、さりげなく副長も屯所にいるときは東条さんの位置を確認し、何か仕事を与えるときは決して一人にはしない。何も考えていないのは局長だけ。まあ、局長はそれでいいんだろう。そのために副長も沖田隊長も、そして俺もいるんだから。

 ……と、自分の中でかっこつけたのはいいのだが。

「参ったなぁ……」

 縁側で中天に掛かった月を見上げて溜息をついた。

 東条さんを調べ始めて早一ヶ月。何も、本当に何もでてこなかった。気味が悪いぐらいに真っ白だ。
 あの目立つ包帯があるというのに、江戸に戻ってくる以前、一体どこにいたのかすらもわからない。まるで突如として江戸に沸いて出たようだ。
 異様すぎる。異質すぎる。
 何の痕跡も残さずに生きられる人間なんているはずはないのに。

「溜息なんかついて、どうしたの?」
「東条さん!?」

 いつの間にか、東条さんが俺のすぐ傍に来ていた。
 誰かが近づいてきているのには気付いていたが、まさか東条さんだとは。
 いつも夕食後すぐに寝てしまうから、まさか起きてるとは思わなかった。

「任務の帰り?」
「ま、まあそんなところで…」
「山崎さんは監察だったね。ごめんね、仕事のことなんか聞いて」
「い、いえ」

 まあでも、まさか東条さんのことを探っていました、とは言えないから、ほっとする。

「お腹、すいてない?」

 そういえば、と腹の辺りを擦ればなんとなく寂しい。

「お一つどうぞ」

 差し出されたのは、饅頭の入った箱だった。
 なんの変哲も無いそれだが、東条さんの異質さを感じ取っている今は、なんとなく警戒してしまう。
 ……まさか、この中に毒でも、と手を伸ばしていいものか迷う。
 けれど、毒なら比較的耐性はあるし…と口に入れた。

「ぐ…」

 こ、れは…。
 噛み締めた瞬間、酷い吐き気に襲われる。

 俺の苦虫を噛み潰したような顔を見て、東条さんは噴出した。

「あははは!大当たり!山崎さんは運が悪いね」
「ま、マヨ…」

 にゅるりと、茶色の皮の間から覗くのは黄色のねっとりとした物体。

「元気でた?」
「え?」

 右目からは気遣わしげな色が見える。

「大丈夫です」
「そっか。よかった」

 ほっとしたように、東条さんは惚れ惚れするほど柔らかく微笑んだ。
 それを見て、俺は東条さんへの疑心を少しだけ払った。

 異様なのは、副長も承知のはずで。
 見た目通りに受け取らずとも、それが即ち真選組に仇なすものとは限らないわけで。

 何かしようとするなら、俺が誰より早く察すればいいだけの話で、東条さん一人抑えることぐらい俺にもできるだろう。
 この真選組にいるのは、人に言える出のものばかりじゃない。

 疑うのが俺の仕事ではあるのだけど、いずれ心の底から信じられる日が来るだろうことを信じて、東条さんを信じることから始めてみよう…と、監察らしからぬことを考えた。

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