Chasm(in silver soul/邂逅編)|少女の果汁|主人公視点

 ――局長と副長に許可を取ったから、江戸の町に出ましょう。
 そう言い出したのは、僕が配属された先にいた朝倉涼子だった。

 最初にその名を聞いた瞬間は目が丸くなった。
 SOS団のある世界にいたときは僕が学校に再び通い始めるより前に転校扱いでその姿はどこにもなかったし、数百年前に会ったときも僕の両目は閉ざされていてその姿を見たことが無かったから………もしかしたら同姓同名の偶然かと、現実から目を逸らしたものの声は記憶の通りで。更にSOS団で見たのと小袖を着ていること以外寸分たがわず同じな喜緑江美里の姿を見たときには、僕は現実を受け入れざるを得なかった。

 朝倉涼子からの申し出は断る気だった。
 情報共有は必要とはいえ、シャミにでも聞けばわかることで、二人きりになるのは避けるべきだという判断だったのだが………断りの文句を口に出すより前にに朝倉涼子の指先が僕の手を取り、情報が流れ込んできて……気がつけば外に連れ出されていた。手際の良いことだ。

 適当に町を見て回った後、僕には大いに時代錯誤を感じるデパートに入り、茶を飲む。猫の姿のシャミは外で待っている…ということになっている。本当は見えないだけでそばにいる。
 視線を感じ取るなんて器用な真似はできないが、恐らく店内に真選組の監察の一人ぐらいいることだろう。そうでなくとも用心に越したことはないし……と、手を膝の上に置いた。


「気のせいかな。僕は以前君と会ったことがある気がするのだけれど」
「ふふ、お上手ね」
「そうかな」

 僕の意図に気付いたらしい朝倉涼子は、膝の上の手を取る。
 僅かに指先が触れ合い、たったそれだけの接触ではあったが情報が共有されるには十分。シャミとの連絡も、最近では言葉で交わさずにこうしている。

 やっぱり朝倉涼子は以前会ったのと同じらしい。
 ただし、喜緑に関しては、以前SOS団で会ったときとは違う模様。同じ型を使っているだけ。見た目が同じほうがわかりやすいだろうという僕への計らいということだが、余計なことだと思わずにはいられない。どうせ、彼女ら二人以外にも、多数のインターフェイスが入り込んでいるに違いないから。
 そこまでやり取りをしたところで、頭に痛みが走った。

 朝倉涼子の手を振り払い、傾いだ身体をテーブルに手を打って支える。

「大丈夫?」

 気遣わしげな声を発すると同時に、朝倉涼子が席を立って僕の身体を支えた。
 耳元であのインターフェイスが情報操作を行うときの特有の早回しの呪文が聞こえ……途端、音が周囲から消えた。

「音の遮断と隠蔽、改竄…ってところ?」
「ええ。私たちを監視に来た人たちには、他愛の無い会話に聞こえるようになっているわ」
「流石」

 嘲りを声に乗せるが、朝倉涼子は気にしない風で、僕の身体を席に押し戻した後、自分の席に戻った。
 いつの間にか、隣に久しく人の姿を取ったシャミが座っている。二重の遮蔽は無意味ということだろう。

「それにしても、やっぱり私達に近づいたとはいえ、その体の規格は有機生命の枠を超えられないから、概念共有までには至らないわね」
「それって、僕が"まだ人間"だって言う慰め?」
「いいえ。どんな風に変化していくのか楽しみで仕方がなくて、待ち遠しいってことよ。
彼女とは違って、貴方はどんどん変わって行く。やっぱり観察対象には変化がないと飽きてしまうわ。
だけど、今は仕方が無いから、外部環境の干渉もこっちでやってあげるし、今は有声で言語を使ってあげる」
「それは、どうも」

 感謝の欠片もないことなど、向こうにはお見通しだろう。

「……まず、確認しておきたい。君は僕の敵?」
「いいえ。敵ではないわ」
「つまり味方でもない、と」
「ええ、その通りよ。
ただ、私個人としては、貴方に味方したいと思っているわ」

 朝倉涼子の弁に、僕は目を丸くした。

「いいの?そんなこと言って」
「だって、面白そうじゃない」

 心底嬉しげに、朝倉良子は声を弾ませた。

「主流派と違って私達は個人の裁量とされる幅がとても大きいの。柔軟、というのが近いかしら」
「そういわれてもね……まあ気にしてもしかたないか。
精々、利用させてもらうことにするよ」
「楽しみにしているわ」

 朝倉涼子が僕の手を取り……間に太く毛深い手が割って入ってきた。

「いけません!!いけませんよォ、朝倉さん!!」

 手の主は近藤勲だった。
 飛んできたほうを見れば、副長と総悟君の姿もある。監視がついているだろうことは予想していたが、まさか幹部が、それも局長と副長がくるとは予想外もいいところだった。真選組というのは暇なのだろうか。
 隣をわずかに伺えばそこにはすでに人の形をとったシャミの姿はなく、足元を猫が一匹すり抜けていくのが見えた。

 そういえば、傍目にはどう映っていたのか……知りたいような、知りたくないような。
 近藤勲の様子を見る限り、恋人同士に近いような状態だろう。
 隅に置けませんねィ、と総悟君に小突かれながら、誤解を解くべきかどうか考えながら、薄まったコーラを喉に流し込んだ。

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