Chasm(in silver soul/邂逅編)|柔らかな掌握|主人公視点

 料亭での捕り物騒ぎから三日後。再び僕は真選組の屯所を訪れた。
 真選組を手引きした後、姿をくらませてしまっていた僕を局長である近藤勲は心配してくれていたようで、会って最初に無事でよかった、と肩を抱かれ……なんともむず痒い気分を味わうこととなった。

 通されたのは最初に訪れたときと同じ間。
 やはり最初と同じく、近藤勲、土方十四郎、沖田総悟が目の前に並ぶ。

「いやぁ。叶さんのお陰で、テロを未然に防ぐことができました!
ホント、感謝してもしたりないぐらいで!」
「お役に立てたのならよかったよ」

 頭の後ろに手をやって、朗らかに近藤勲は言う。
 こちらとしては利用させてもらっただけでこれからも利用させてもらうつもりで。しかし、後ろめたさも罪悪感も微塵も無い。互いに利があるのだから、感じる必要も無いだろう。
 更に賛辞を並べようとする近藤勲の言葉のタイミングを図って、僕は声を発した。

「それじゃ、そろそろお暇しようかな。電車が出てしまう時間だから」

 そうして立ち上がろうとした僕の肩に沖田総悟の手が乗った。

「また、江戸を離れるんですかィ?」
「本当はもうしばらくいる予定だったんだけどね…」

 浮かせかけた腰を戻して言葉を濁し、間を作る。
 近藤勲が首を傾げ、恐らく何か感づいているのだろう土方十四郎は咥えていた煙草をもみ消した。

「困ったことに、僕が真選組とつながりがあるってバレたみたいで……江戸にはもういられない、かな」

 それは江戸、もっと言えばかぶき町の薄暗い場所で生きるには致命的なことだった。
 裏に見え隠れするのは、三味線を背負う男の姿。人の噂に戸は立てられない…というのは特にかぶき町のためにあるような言葉で、気がついたら僕と真選組のつながりは公然の秘密といったところまで、すっかり町中に広まっていた。

「し、しかし、もっと普通のところで仕事を見つければ…」
「……前にも言ったとおり、僕はあまり人に言えるような出じゃないから、まともなところで仕事を見つけるのは不可能に近いんだ。しかし、江戸には噂が広まってしまった。だから僕みたいなのを雇ってくれる物好きを見つけるよりも、僕のことが広まっていない別の町に行こうと思って」

 これは本当のことだ。
 人としての戸籍も天人としての登録証もない者を雇ってくれる場所は、田舎でもない限りありはしない。
 まあ、そんなものは僕は幾らでも偽造できるから、江戸を離れる理由になりはしない。この戯言はただの布石だ。

 そしてあわよくば、という下心もあっての戯言。

「なら………叶さん」

 少しの迷いの後、しっかりと近藤勲は僕に言った。

「真選組に入らないか?」
「近藤さん!」

 声を荒げたのは土方十四郎。
 だって、とひるむことなく近藤勲は反論を押さえ込むべく土方十四郎へと向く。

「叶さんは俺たちに協力してくれたんだ。松平のとっつぁんの恩人でもある」
「それはそうだが、真選組はテロリストを相手にする武装警察。こいつに勤まるようなもんじゃねぇよ」
「何も実戦に出そうってわけじゃない。他にも色々とできることはあるだろ。
確か叶さんは医術の心得があると聞く。なら、専属の医者として真選組に入ってくれれば助かる」
「…医者なら他の奴が居る」
「俺たちはよく怪我をする。医者が過労死しかけてんの知ってるだろ」
「病院に行きゃいい」
「俺ァ近藤さんの案に賛成ですぜ。どっかの短気なマヨラーの所為で怪我人続出で困ってんでさァ」
「半分以上はテメェのバズーカの所為だろうが!!」

 並べられるのは不審者で、腕に覚えの無い僕を真選組に入れるわけにはいかないという副長としての意見。
 しかしそれ以上に、土方十四郎自身が僕を気遣ってくれてのことだと解るのは次に続く台詞から。

「真選組の看板をぶら下げれば、こいつだって攘夷派のいい餌食になる」
「それはそうだが……」

 彼も彼なりに僕に恩義を感じてくれているらしい。
 しかし、この流れは少し拙いかもしれない。まあ目的の一つは達せたのだから欲張らないほうがいいか。
 そう思って、再び席を辞そうとしたところで、思わぬ助け舟が出た。

「別に問題ないと思いやすぜ。伊達に旅を続けてきたわけでもねェでしょうし、荷物一つで崩れるほど真選組は柔じゃありゃせん。近藤さんが入れるっていうんなら、俺は構いやせんし、そりゃ真選組の総意みたいなモンでさァ。だだ捏ねるのはやめましょうぜ、土方さん」
「……チッ」

 二対一では分が悪いと悟ったのと、沖田総悟の指摘に苛立ち土方十四郎はそれ以上何も言わなかった。
 それを了承と取ったらしい近藤勲は、僕の顔を覗き込んで、そして聞いた。

「どうだろうか、叶さん」

 心配そうに揺れる瞳が僕の姿を映す。
 人が良い、人が良すぎる。だからつけ込まれるというのに。それすらも構わないといった色すらも見え隠れする。
 なんという偽善。ここまで徹底されると、賞賛の言葉すら浴びせたくなる。
 が、それは心の中だけに留めおき、代わりに出したのは別のモノ。

「そうしてもらえると、正直すごく助かる。実は路銀もほとんどなくて」

 声色に安堵を混ぜ、僕は返答した。

 細かいことは局長と副長の二人で詰めることなり、とりあえず僕は沖田総悟に屯所の中を案内されることとなった。
 日中だからか、隊士たちの姿はあまり見当たらない。
 時々見かける隊士たちがすれ違い様に頭を下げてくるのは目の前を一番隊隊長の沖田総悟が歩くからなのか。それとも僕が真選組の創設に関わりがあると知ってのことか。
 とりあえず気にせず、僕は沖田総悟の後ろを歩き、二人のいる部屋からかなり離れて隊士たちもいないところで、ちょうどいい、と沖田総悟に声を掛けることにした。

「さっきはありがとう、総悟君」

 昔のように呼びかけると、ぴたりと足が止まり、
そして、

「勘違いされる前に言っときますが、」

振り向き、

「俺はきな臭い奴なら目の届くところで見張っておくのが得策だと思っただけでさァ」

目にも留まらぬ速さで抜かれた刃が、僕の首に真っ直ぐに添えられた。

 薄皮一枚隔てた位置の刃。手にしているのは、この真選組で随一の使い手。発せられるは僅かな殺気。
 けれど僕は微動だにしない。できない。必要ない。
 命など、握られてもいない。
 だから変わらない。

 僕の平常を赤い瞳に映した沖田総悟は、更に厳しい視線を僕に浴びせてきた。

「俺も近藤さんや土方さん同様にアンタに恩を感じている。が、信用はまた別の問題だ。
アンタからは血の臭いはしないが…代わりに得体の知れないものの臭いがする」

 局長と副長は上手く取り込めたようだが、幼き隊長は自分と同じ臭いでも感じ取ったのか。思えば昔道場通いをしていたときも、僕と近藤勲の間には必ずその姿があった。
 なるほど、見事な三本の柱だ。崩すのは容易ではないだろう。
 元より瓦解を狙うつもりはないのだから、何も僕の側としては問題ない。強固ならばそれはそれで好都合というもので。

 沖田総悟の言葉に否定も肯定もせず、曖昧に鋭い眼光を濁し、何事も無かったかのように案内が再会された。

 その後、僕が天人との亜種というあの話は公表せず、平の会計方になった。医者にするにあたりやはり医師免許がないというのは問題なのだそうだ。しかし、免許をとるというのならば僕の出生他を明らかにしなければならず、まあそのぐらいの情報操作なら訳の無いことだが、今となってはそうもいかないために会計方に配置された。
 平にすることに近藤勲は抵抗があったようだが、そこには僕を守る意味も含まれているという土方十四郎の説得もあり、それに関しては近藤勲の側が折れることとなった。行動にも色々な制約が付きまとうが、大したものではないと受け入れている。
 隊士たちの意味ありげな視線も、次第に薄らいで行くこととだろう――……。





「とまあ、顛末を語るとこんなところかな」

 あの料亭での一件に僕の影を見止め、更には僕が真選組に入ったことを掴み、迫ってきた河上万斉に説明をした。
 真選組に入ることは晋助にも告げたことだが、そちらのほうは何も言わない。好きにすればいいというのはお互い様で、このところは晋助が僕の異質性や行動に何も言わないのを気にしないこととしている……というか気にしても無駄だと、思い知ったところだ。
 料亭の窓と窓を空間操作で繋げ、異常を体感してもらったというのに、それさえも受け流したんだから、もう驚かせようがない。
 その代わりを務めているのが、今では僕より晋助に近しい位置にいるのではないかと思われる河上万斉で…まあ、彼は彼で自分の思惑があって動いているのだから追求も当然か。利敵行為は彼の最も嫌うところのようでもある。

 そう思って経緯を説明をしたのだが、納得はしてもらえなかったようだ。

「真選組に入ってどうするつもりでござるか?」
「別に。ただの道楽だよ」

 くるりと一つ煙管を回して灰を落とした。

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