Chasm(in bsr/織田*th)|これがきっと最後の進化|主人公視点
二度目の織田で、気付いたことがある。
それに気付いたときには、ああいたのか、という感じだった。
「猿」
「へいッ!」
呼べば威勢のいい声と共に、砂利を掻き鳴らして平伏する音がした。
木下藤吉郎といえば羽柴秀吉の前身で、後の豊臣秀吉というのは周知の事実。
だがこの世界では違ったようだ。
思えば、この世界に馴染みすぎて、僕の中に知識としてあった豊臣秀吉の人物像と言うものが随分変わってしまったが、史実における秀吉といえば利に聡く、信長の腰巾着のように伝えられている。が、この世界の豊臣秀吉とは真逆といっても言い過ぎではないだろうと思う。
つまるところ、この世界において豊臣秀吉と木下藤吉郎は別人ということらしい。
前のときは全く気にもかけていなかったから、いたのかどうかさえ定かではなく……もしかすれば、今回初めてこの木下藤吉郎という存在がこの世に出現したという可能性も棄てきれるものではない。
まあ、すべては憶測だ。
「お屋形様?」
「うん?」
「わしをお呼びかと存じておりましたが…」
「ああ、ごめんごめん。少し話をしたいと思ってね」
「わしと、話でござぁみゃすか?」
独特の訛りで木下藤吉郎は言う。
その言葉の中には困惑が容易に掬い取れた。
「今の僕は、前の僕とはそんなに違う?」
「それは…」
「正直になってくれて構わないよ。
この場でのことは一切、絶対に咎めたりはしない」
そこまで言って漸く、何度も何度も僕に、決して他意が無いことを念押しした木下藤吉郎は、思っていたことをぽつぽつと口に出し始めた。
やはり、以前の織田信長と今の僕には差がありすぎて困惑しているという。家中では以前の織田信長の方が良かったなどと、口にする者もいるから、それでも歯に衣を着せた言い方だったのだろう。
「依然と違うことに失望した?」
「とんでもにゃあことにございますッ。お屋形様はお屋形様でございますればッ」
「いちいちうるさいよ。
……………けど、家中の混乱は僕に原因があるのだろうね」
憂いは多くある。
家中のこともそうだが、外側のことも気になる。
この世界での織田はかなり切迫している。
長篠では武田信玄に負けた直後に、僕はこの世界の信長になった。
周囲は石山本願寺や朝倉、浅井は毛利とも手を結んで織田への包囲網をさらに強固なものにしようと献策を練っているようだ。明智は既に謀反の罪で幽閉されており、同盟の相手もいない。幸いなのは上杉で、武田にしか関心を払っていないが、領地を爪の先ほどでも侵せば牙を剥けてくるはず。
今、内部に混乱を起こせば、織田は途端につぶれる。確実に。それも簡単に。
信長といえば、傍若無人。唯我独尊。
この世界においても、記憶によれば、そして人の口から聞くことによれば、それは変わりないようだ。
「お屋形様?」
「少し考えたいことがある。下がれ」
「ははッ」
やや乱暴に言えば、なぜか嬉しそうに藤吉郎は去っていった。
それからしばらくは無言が続いた。
鳥の声や虫の音ばかりが空間を満たし、互いの呼吸の音さえもがそれに紛れる。
そうしてじっくりと考えて、そうして隣を見ずに僕は言った。
「シャミ。協力がほしい。
仮面を、付けようと思うんだ。だから、信長を体に染み込ませるために、信長の属性情報を僕に入力してほしい」
聞き届けてくれるかどうかは五分と五分。
しばしの間があった後、
「そう」
いつも通り、シャミは僕に応えた。