Chasm(in silver soul/赤葬編)|フェイクファーに抱かれたまま|坂田銀時視点

「それで?俺たちを連れ回して何がしたいのか…そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇ?」

 何気ない風を装って問いかけると、びくりと肩を揺らして依頼人の露草さんは足を止めた。
 その動作だけで言葉を発する前に、既に語るに落ちている。
 けどその重い口が開かれる気配はない。
 俺は一呼吸おいて更に畳みかけた。

「案内して欲しいって割には道知ってるっぽいし?探し人がいるって割にはぜんっぜん特徴も教えてくれないし?」

 銀さんとデートがしたいのならそう言ってくれればいいのに、と口は茶化すが、反応はゼロ。

「まあ、依頼は依頼。前金ももらってますし?こっちはプロですから、仕事はきっちりこなしますがね」
「………」
「けど、隠し事されると身が入らないっつーか。気合が足りないっつーか」
「ちょっと銀さん!」
「いいんです!黙っている私が悪いんですから」
「露草さん…」

 ようやく露草さんは言葉を発したがそれっきりだった。

 人捜しを初めて約八時間。日は暮れ、どぎつい彩色の看板のネオンが更に自己主張を始める。
 明るすぎる地上のせいで空は真っ黒で、一等星だけがかろうじて存在感を示している。
 夜になるに従い、ますます町の空気は澱み、居心地の悪さを纏わり付かせてくる。
 そろそろ捜索は中断して明日にした方が、という神楽や新八の忠言は右から左に流すばかり。
 もう少しですから。きっとすぐに見つかりますから。
 そう言いながら頑なに中断を拒み、不躾なまでにすれ違う人間の顔を見続ける。
 そうしてその顔から諦めの二文字を感じられないままここまで来てしまった。

「事情を説明してくれれば、なんて野暮ったいことは言わねぇけどよ、あんまり情報を隠されるとこっちも色々と困ンのよ」

 何かあってからでは遅いのだと言えば、何度か口を開いたり閉じたりと逡巡した後、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。

「……依頼に嘘があったことは謝罪します。けど、人を探しているのは本当です。
探し人の特徴については…その…教えると万事屋さんが協力してくれない可能性があるから言わない方がいいってアドバイスを受けていて」
「誰に?」
「それは…その…」

 しどろもどろになり、ついには口を閉ざしてしまう。
 埒があかない。
 まあ、依頼に嘘があることなんてザラだし、情報の秘匿なんてよくあること。
 けれど、何より気になるのはその必死さだ。
 まるで時間がないのだと言わんばかりの形相は覇気迫るものがある。
 そうまでさせる何かがあるのだろう。だからこそ、協力したいのだ。

「何も意地悪が言いたいってわけじゃなくてね……協力するには情報が不可欠なもんで」
「万事屋さん…」

 あと一押し。
 その何より重要なタイミングで。

 空気の読めないそれが間に割り込んできた。

「ちょっとそこの君、ウチで働かない?君ならナンバーワンになれぐほぁあはっッ」

 台詞の途中で見覚えのある長髪が気づけば生ごみの中に突っ込んでいった。
 何故だか上がっていた足をゆっくりと地におろす。
 そして、冷ややかに生ゴミまみれのバーテン服の長髪を見据えた。

「ウチの依頼人に何してくれてんだ、ヅラァ」
「おお、銀時ではないか。丁度いいところに」
「俺としては全然全くむしろバッドタイミングだよ」
「そう言うな銀時。大事な話があるんだ」
「俺にはねェよ。ってかお前クサッ。生ゴミクサッ」
「それは銀さんのせいですよ」

 早々に復活して俺に迫ってくるヅラは、やはり空気を読まずに生ゴミのにおいを纏わせながら捲し立ててくる。

「かぶき町どころか江戸全体に関わる大事な」
「しつけぇよ……って……」

 俺はそこで、ようやく服の袖を握る手に気づいた。
 ヅラも同じように、自分の服を握る手に気づいた。
 全く同じ速度と動作でその持ち主をたどる。
 白い肌から、ゴスロリ調のアームカバー。ネックドレス。そして…

「やっと見つけました。狂乱の貴公子、桂小太郎さん。そして白夜叉さん」

 震える声で俺たちのことを、昔の通り名で呼ぶ。
 そして悲鳴のように俺たちに叫んだ。

「お願いします。兄を…兄を止めてくださいッ」

 切羽詰ったように、露草さんは俺らに頭を下げた。
 だが、その露草さんの顔はすぐさまに上げられる。

「娘。貴様何を知っている」

 あろうことか若い娘の胸ぐらを掴んだヅラが、氷点下の声色を露草さんに浴びせかける。
 なまじ顔が整っている怒りの形相に、露草さんが顔を引き攣らせている。
 露草さんを持ち上げる腕を力を込めて掴むが、ヅラは表情ひとつ変えず、こちらを見ることもない。

「落ち着けヅラ。つーか、手ぇ離せよ」
「貴様はこの江戸で何が起ころうとしているのか知らんから、そんな悠長に構えてられるのだ」
「何が起こるのかしらねぇけど、こんな所で客引きやってるテメェには言われたくねぇな。
いいから離せ。それじゃ何にもいえねぇだろうが」

 舌打ちひとつして、ヅラはようやく露草さんを開放した。
 よろけた露草さんをすかさず神楽が支える。

「申し訳、ごほッ、ありません…。ですが、知っているのであれば話は早いです」

 言いながら、露草さんは自分を掴み上げた相手に微笑みかけた。
 助けたというのに蚊帳の外に置かれたような、居心地の悪さ。

「どういう事でしょうか」

 俺の苛立ちを察したかのように、まあそんなことはないのだろうが、新八が声を発した。

「込み入った話になりそうだし、とりあえずウチにでも移動するか?」
「そうだな。では遠慮無く…」
「…とその前に」

 先頭を切って歩き出したヅラの襟首をひっつかんだ。
 動きを止められたヅラの顔に不審がのぼる。

「何をする、銀時」
「いや、ねぇ」

 そのままずるずると引きずり、繁華街から出る。
 目の前には橋が見える。

「ウチを生ごみくさくされるとアレだからね」
「ま、待て、銀時。早まるな」

 そのままずるずると引きずり、橋の手前に立つ。
 目の前には川が見える。

「時間ないんデショ?手っ取り早くいこうや」

 言いながら襟首をぶん回して、俺はヅラを川へと落とした。





 ヅラの到着をきっかけに、露草さんの話は始まった。

「兄は…日ノ本の歴史を研究する歴史家です。お二人は兄の名を聞いたことがあるはずです」

 そうして続けられた名前に俺たちは確かに覚えがあった。
 先生の塾の側にあった長屋で気の触れたような研究をしている人間がいる、というのは、あの村では噂になっていた。
 具体的にどんな研究だったかは記憶になかったが、そうか歴史の研究をしていたのか。
 村の誰もが近づかない中、松陽先生は面白がって話を聞いていたと思う。
 生活に困窮していたそいつに、先生は食事を与えていたこともあったような気がする。

 逆に新八は全く記憶にないようだった。
 二十年以上も研究を続けていて本も出しているという話をしたとき、全く知らないことについて詫びていたが、露草さんは全く気を悪くすることなくむしろ笑っていた。

「無理もありません。兄の本はその全てが発禁処分で、市井には全く流通していませんでしたから」
「それで、何でその兄貴がどうしたって?」
「兄は、攘夷派を掲げる誰かに連れて行かれてしまったんです。
恐らくですけれど、兄が歴史の研究をしていた関係上、地理に詳しかったからだと思います。
特に江戸は、表や裏どころか、獣道にも詳しかったので」
「なるほどな」

 何か納得がいったようにヅラが頷いた。
 その表情が気に食わずジト目で見ると、ヅラは空気を読んで俺に問いかけてきた。

「銀時。お前は京都大火を知っているか」

 唐突に出てきた単語に俺は戦慄した。
 新八もまたその意味するところがわかり、まさか、とつぶやく。
 神楽はそれについて正確なことはわからないようだったが、単語そのものと俺たちの表情からピンときたらしい。

 京都大火。それは戦国時代に起きた大災害のことだ。
 その事実について正確に把握しているものはいない。
 いつ起きたのかも曖昧。規模も曖昧。その炎は一瞬だったとも、一ヶ月も続いたとも、言われている。
 ただ一つ共通しているのは、その炎は全てを消滅させたということ。
 今でも京の町では、炎の扱いにはどこより何より慎重になっているとか。

「あれをどうやらこの江戸で再現しようとしているやつがいるらしいということを、我々は突き止めた」
「本当なんですか、桂さん!!」
「……んなメンドくせぇこと、いったい誰がやろうとしてんだ?」
「狐の面をかぶった男」

 ヅラは断言し、俺を見据えた。
 そして畳み掛けるように言葉を続ける。

「なぁ銀時。狐といってお前は覚えがあるだろう」
「……違う」
「現実を見ろ、銀時」
「俺は、その狐の顔を見た」
「銀時!」
「何よ」

 肌が焦げたような錯覚が襲う。
 互いににらみ合ったまま目を逸らさない。が、折れたのはヅラのほう。

「……そうか」

 そう、落胆の混じる声でヅラは言った。

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