現代高サト。下品かもしれない。















この異世界に来てもう数か月が経つ。
まだまだ分からないことも多いが、来たばかりの頃に比べればここでの暮らしにも随分慣れた。慣れたのだが、共にこの世界で生きることを決めた仲間――いや、恋人であるサトウと二人で、ぶらぶらと街を散策し異世界について学んでいくという日課は随分と風が冷たくなった現在も続いていた。
勿論、それは二人で出歩く口実にすぎないのだが。


「…少々よろしいですか。」

それは閑静な公園の前に通りがかったときだった。
思いがけず離れたところから聞こえた声に振り向くと、ついさっきまで隣を歩いていたはずのサトウが足を止めていた。

「どうした?」
「いえ、少し気になって。」

そう言いつつ上着の中に手を入れ皮の財布を取り出したサトウ。その目の前にあったのは自動販売機で、奴は取り出した数枚の硬貨を、迷いのない手つきで投入口に滑り込ませた。(もっともこの異世界に来たばかりの頃は、本当に品が出てくるのか酷く不安がっていたのだが。)

がこん、と硬質な音が鳴る。出てきた缶を握りしめ、サトウがこちらへ戻ってきた。

「で、何を?」
「これです。」

そう言ってサトウがこちらへ見せた缶の表面には、

「汁粉?…飲み物か、汁粉は。」

少々馴染みのある形とは違うものの、片仮名に比べれば随分と読みやすいその文字は確かに「おしるこ」だった。一緒に刷られている写真から見ても、自分の知る汁粉と同じもののはずだ。

「ええ、私もそれが気になりました。汁粉は日本の甘露で、スープでしたよね?楽しみです。」

ふふ、と笑みを零す横顔は好奇心に満ち溢れていて、それを眺めているだけで愛しさが込み上げてくる。下から見上げる身長差は不本意だが、こんな顔をよく見れるのなら思いの外悪くない…などと考える程度には、俺はこの男に惚れているのだった。

ぼんやりとその顔を見つめている俺に気付いたサトウが、ふいと視線を逸らす。耳がわずかに赤いのは何も寒いせいだけではないだろう。自然と口元が緩む。

そんな俺の表情に気付かないふりを続け、サトウは公園の端のベンチを指差した。

「あ、あそこに座っても構いませんか?あたたかいうちに飲んでしまいたい。」
「ああ、構わん。行くぞ。」

手を引いていこうとしたが、生憎サトウの両手は汁粉の缶をしっかりと握りこんでいた。汁粉ごときに奪われるとは不甲斐ないものだ。


***


ベンチに腰かけると、サトウはすぐさま缶に爪をかけた。ぱきりと音がする。

寒さで赤くなった鼻先と、期待と不安の入り混じった伏し目がちの瞳と長い睫毛を見つめていたかったが、口元から漏れる吐息も缶の飲み口から出る湯気も真っ白にそれを隠してしまうのでどうにも煩わしく感じた。重症だ。

サトウは恐る恐る缶に口をつけ、音を立てずに流し込む。
白い喉が上下したのを見届けて、俺は伺うように奴の顔を見た。

「ああ…おいしい、です。」

安心したように顔を綻ばせるサトウ。その顔を見て俺もほっと息を吐き、その瞬間自分が息を止めていたことに気が付いてなんだか恥ずかしい心持になった。

「高杉さんもいかがですか?ほら、お餅も入っているようですし。」
「ほう、それは…。」

冷えた手には、受け取った缶が想像以上に熱く感じた。
煽るようにして飲めば、ごろりとした塊ととろみのある液体が流れ込んできた。少々驚いたが、味は悪くない。想像していたよりも甘さは控えめで、飲み物として認められるものだということは分かった。

「うまいな、想像していたよりも。」
「でしょう?」

嬉しそうにそう言ったサトウは、俺から戻ってきた缶にまた口をつけた。


***


サトウの汁粉を飲む速度が落ちていることに気付いたのは、奴の目線が困ったように泳ぎ始めたからだ。

「…どうした。」
「え?」
「汁粉だ。飽きたか?」
「え、ああ、まあ飽きたというか、」

言いよどんだサトウは、飲んでみろとでも言うように缶を差し出した。受け取って一口含む。

「っ、な…これは。」
「でしょう?」

そう言って苦笑を浮かべたサトウの気持ちはすぐに理解出来た。今飲んだ汁粉の味が、最初に試したときとは明らかに違っていたからだ。どろどろとしていて口当たりは悪いし、何より暴力的なまでに甘い。

「飲む前に振るのをすっかり忘れていて。」
「成程、それでか…。」
「しかしまあ、残りも少ないですし飲みはしますが。」
「どうせなら一気に飲んでしまった方が楽だな。」
「そうですね…。」

はあ、と息を吐いたサトウだったが、一寸間を置いてから、覚悟を決めたような表情でこちらを見つめた。

「高杉さん、貸してください。」
「ああ、頑張れサトウ。」

サトウは受け取った缶を握りしめ、強く目を瞑り、次の瞬間思い切り顔を上げ汁粉を口に流し込んだ。
それから咥内に溜まったそれを、何度かに分けてゆっくりと飲み込んでいく。

(…ふむ、これは。)

口元を手で覆い、涙目で喉を鳴らすサトウの姿が―――昨夜の情事中のものと、重なった。

白濁を口の端から零れさせながらも、必死に飲み込むけなげな姿。生臭いものが嫌いなサトウが自分のものならと飲み込んでくれるのだから、そのいじらしさに興奮を覚えない筈はなく。その後の本番もそれはもう盛り上がったというもので、

「ちょっと、高杉さん?」

すっかり甘い記憶の中に沈んでいた思考が、何とも言えない複雑な声色のサトウの言葉で引き上げられた。

「……なんだ?」
「な、なんだじゃありません!こんなところで…何を考えているんですか…っ!」

お前のことだと答えるより先に、下腹部あたりの違和感に気付いた。その違和感を感じるあたりに、サトウの視線も集中している。

「…そんなに見つめるな、サトウ。もっと元気になるだろう?」
「なっ!」

みるみるうちに赤面するサトウの顔があまりにも愛おしくて、自身の硬度がさらに増した気がした。これはもうどうしようもない。そもそもこんなことになった原因はサトウにある訳だから、奴には責任をとる義務があるはずだ。屁理屈か?知ったものか。

「さて、では"サトウ殿"。…家と、ホテルと、どちらをご所望か。」
「ど、どちらもいやです!だいたい昨日したばかりで、」
「ほう…ここの厠か?随分情熱的だ。いや、外でというのも趣があるかもしれないな…。」
「貴方、私の話を聞くつもりがありませんよね?」

だいたい憎まれ口を叩きつつ、いつも最終的には絆されてしまうのだ、サトウは。本気の拒絶ではないのだから、素直になれない男にはこれくらい強引な方が良いだろう?

「さて、では口直しをしたら行くぞ。」
「ですか、ら…っ」

口づけひとつでこんなにもしおらしくなる俺の姫君よ。ああ、この胸に溢れるのはなんてあまったるい感情!




甘い話。



「どうだ、甘さはとれたか?」

(さっきよりずっとあまいに決まっているでしょう!)









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甘くしようとしたら下品になるなどどうしようもない…。
テーマは秋とバカップルと食の好み。
おしるこを振り忘れて失敗したのは私です。


121024


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