それは、春の陽光が降り注ぐ、ある昼下がりのこと。
久々に出来た暇を持て余すように、いま世話になっている宿の中をふらふらと歩いていた高杉は、中庭に面する縁側に腰掛けてぼんやりと庭を眺める人影を見つけた。金色の髪と洋服、この国を基準とするならば長身。高杉に、そんな人物の心当たりは一人しかいなかった。どこか所在無さげな様子は自分と同じ境遇のように見えて、僅かな親近感が湧き上がる。高杉は大股ぎみに近づくと、声すらかけずにその隣に腰を下した。高杉を見止めたその男、サトウは目を見開いて驚いたような表情を見せたけれど、すぐに目線を庭に戻す。

「何か御用でしょうか。」
「貴殿も、時間を持て余している口かと思ってな。」
「も、ということはあなたもですか。…確かにそうですが、こうして庭を眺めているだけというのを時間の浪費だとも思っていませんよ。」
「ほう?はて、貴殿がこの庭の何にそこまで心惹かれたのか。」

高杉のその言葉に、サトウはちらりとその顔を盗み見てから眉をひそめた。

「…そんなことに、興味がおありですか?」
「心外だな。対、なのだろう?俺が貴殿に興味を持つことの何がおかしいことか。」
「そう、ですね。そうかもしれません。だから、私も、…っ」

何かを言いかけたサトウだったが、その口は噤まれ、代わりにこほん、と小さな咳払いが響いた。
サトウはなにやらばつの悪そうに目線をうろうろとさせたあと、短い沈黙を打ち破るように腰をあげる。一歩、二歩と庭へ向かって足を運ぶその長身を目で追う高杉だったが、生憎背中しか見えないものだからその表情は窺い知れず。ただ、色素の薄い肌の、耳のあたりがほんのりと朱に染まっていた気はしたが。

「私が何に惹かれたのか、でしたね。」

日差しがぽかぽかと身体を温めるせいで普段より幾分鈍くなった高杉の思考は、庭の中ほどで立ち止まったサトウの声で現実に引き戻される。

「例えば、この国の気候は清清しくて好ましく思います。この"桜"というのも、美しいですね。」

目の前に立つ桜の巨木を見上げながらサトウはそう言ったけれど、高杉から見えるのはやはりサトウの背中ばかりで、しかしそれでも、どこか興奮しているような色を滲ませるその声は耳に心地よく響いた。以前に比べ、サトウはよく日本のことを褒めるようになったと思う。その姿こそ本来の彼のように感じる、というのは、単に自分の願望が投影されただけだろうか。そもそもの話をしてしまえば、自分はサトウのことを何も知らないに等しいのだが。

高杉の口から、息が零れる。本人すら気付くことのない、無意識の溜息だった。


「…サトウ殿。」
「なんでしょう?」

話題を持ちかけたのは自分なのだから勝手だとは思うが、庭に出て間近で桜を愛でるサトウの背をひたすら眺めているのは退屈で、せめて顔くらいは見せてくれてもいいだろう、とそんなことを思い高杉はサトウへ声をかけた。しかし返答こそあったものの、その後姿は目線さえこちらへ寄越そうとしなかったものだから、高杉の胸中を不満な感情がじわじわと支配していく。その感情は、例えば思い通りにならないと駄々をこねる子供のそれに似ていて、高杉においては随分と長い間姿を見せていなかったような、ものだったのだが。

「…会話中に相手の方も向かないのが、英国の礼儀とやらか?」

明らかに不機嫌じみた声で発せられたのは、喧嘩を売っているとしか言いようのない言葉だった。それにぴくり、と反応を見せたサトウは、すぐに身体を反転させて高杉に向き直る。その顔に、酷く冷たい笑みを貼り付けて。

「今日はやけに友好的だと思っていましたが、結局は攘夷とやらの癖が抜けないご様子で。…I who had expected it was foolish. 」

先ほどまでの穏やかな空気など最早どこにもなく、ぴりぴりとした緊張感がその場を支配する。
吐かれた言葉は軽蔑を意味していたというのに、高杉は細められた翡翠色の双眸が自分の姿を映したことに満足感すら抱いていた。ただし、消え入るようなか細い声で付け加えられた英文が、眉根を寄せながら歪んだ口元が、高杉の罪悪感を刺激しているのを考えなければの話だが。このまま泣き出すのではないか、と、普段なら一笑に付すような有り得ない考えが酷く胸をざわつかせる。――勿論、サトウは泣くことなどなかったのだが。

「…すまない。」

高杉は、それが弁解の余地も無いほどに愚かな気の引き方だ、と理解していた。だから謝罪の言葉を口にするのも、そう難しくはなかった。

「…それほど簡単に謝るようなことでしたら、最初から仰らなければいいのに。」
「そうだ、な。」

高杉とてそう思う。そう思うからこそ、何故そんなことを言ったのだ、という自問から逃げることも出来なかった。それに加え、高杉は自分の抱いた感情に名前を付けることも出来ぬほど、若くもなかった。

(桜を相手に嫉妬するなど、世話がない。)

そうだ、嫉妬をしたのだ。自分に興味を示さないサトウに焦れて、みっともなく気を引こうとした。
しかも焦れたのはそのことにだけではない。サトウのことをよく知らない自分にも、なかなか縮まらない距離にも、もどかしさを感じていた。
そこまで思考が行き着いてしまえば、高杉はもう、自覚しない訳にはいかなかった。今まで自覚していなかった、というのがおかしいことのようにすら思える。


「高杉殿?」

サトウが小首を傾げてその名を呼んだのは、今まで縁側に腰掛けていた高杉が立ち上がって自分の方へ歩みよってきたからで、高杉がサトウの目の前で立ち止まったときにもまだ脳内の疑問符は処理しきれていないようだった。

「サトウ殿、俺には今ひとつ理解したことがある。」
「…聞いてもよろしいんですよね?」
「ああ、是非とも聞いてもらいたい。」
「でしたら、どうぞ?」
「俺は、貴殿を愛したようだ。」
「……はい?」

それは聞き逃してしまうことすらありそうなほど、さらりと零された告白だった。
自分の聞き間違えだろう、とその言葉を聞き返したサトウの思考は正常以外の何者でもなく、だからこそもう一度「愛している」などと耳元で囁かれてしまっては腰砕けになってしまうのも無理はなかったのだろう。

へなへなと、仕立ての良い洋服が土で汚れるのも構わずにその場へ座り込んだサトウ。その顔は俯いていて立ったままの高杉にはまたしても見えなかったが、首から耳の先までを真っ赤に染め上げている様子だけでもサトウの心境を察することは容易く、今度は満足げに口の端を吊り上げるのだった。




差し込むは春光


(桜より幾月遅れて、芽生えたものは)



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想像以上に乙女サトウ氏になってしまった・・・
そのうちアーネスト視点も書こうかと。
*追記*風花記で思いっきり否定されてしまったwww
   でもまあ二次創作だしということで残しておきます。貧乏性です。

110620


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