13
「名前ー先にルーピン先生の所行ってるわね〜」
「うん!」
頭上から降りかかる声に階段を見上げれば。ルームメイト数人が天文台へ行くと声を張った。
「私も後で行くからー!」
日々は順調に過ぎ去り、長い冬を終えイースター祭を終えた初夏の頃。その頃になると、毎日通う天文台は私と彼の秘密基地ではなくなってしまっていた。
天文台には日々数人の生徒が集まり、生徒達はルーピン先生と楽しくおしゃべりをして過ごすのだ。
最初は私のルームメイト達から始まった。そして輪は広がり、あの“天文台のルーピン”を見れる話せると興味を持つ生徒達が集まる様になったのだ。
当然、静かな死後を過ごすつもりで居た先生は最初は苦笑いで「とまどうよ」なんて鼻先をかいた。
しかし生徒に囲まれ、談話する彼を見ればまんざらではない様だ。毎日やってくる生徒達と楽しそうに対話をするのだ。
一人で天文台に籠っていた反動だと思う。引き籠りの息子を保健室登校させた母親の気分よ、私。
「保健室登校?授業も保健室でするのかい?」
「・・・・今言った事は流して下さい」
天文台は随分と明るい雰囲気に変わった。埃っぽかった空間はちょっと爽やかになった。少数と言えども人間の出入りで空気が動いのだろう。
いつの間にか二つの椅子とテーブルが置かれ、お菓子が置かれていたり。各自で持ち込まれたランタンや蝋燭で、薄暗い空間は光の明かるさを知った。
「聞いてくれよ名前。昨日一年生の男の子が来てね、私にサインを求めるんだ」
「有名人だね、先生」
「クィディッチの選手になった気分だよ」
「先生、明日一緒に談話室行こうよ。メジャーリーガーになれますよ〜」
「え?」
じわじわと、皆のルーピン先生になって行く様をすぐ側で感じている。天文台のルーピンなんて名前もその内消えて、ただのゴーストなルーピンになる。
一人で寂しく死にながらも生きる彼を、そこからスプーンですくいあげた気分。先生は一人じゃないよ、皆いるよ、なんて。
寂しい?寂しくなんてないよ、先生は毎日楽しそうに笑うもの。嬉しいに決まってる。口の中一杯に込み上げる気持ちは、飲みこんで隠す。
本当は一人占めにしたかった時間だったなんて、今さらだ。
「天文台のルーピンに会えるって本当ですか〜教えて欲しい所あるんですけどー」
「あ、新しい子達だ。ほら、先生!」
「おや、ハッフルパフの生徒達じゃないか」
先生は嬉しそうに含み笑い、新しいお客・・・そのハッフルパフの子達へ飛んで行った。
(先生、楽しそう)
彼は静かに過ごすのが性に合っていると言ったけど、本当は誰かの世話を焼きたがっていたに違いない。
よかったなあ、本当に、先生最近毎日楽しそう。
胸の奥で引っ掛かる気持ちは、お子様な自分の部分だからと宥める。数ヶ月前、真冬の頃は先生の生徒は私だけだったのにな。
私、その内ルーピン先生にとってただのホグワーツの生徒になるのだろうか。ちょっと特別で居させてくれないかな。
間違っていないよね、私。逃げる道を選んでないよね。
「・・・・」
彼が人狼の苦しみを未だに持っていると知り、その現実は酷く重たく感じたのだ。ならば分散させようと、私はこの場所へ人を招かせる。
逃げ道じゃないと信じる。私の望みは、先生が少しでも豊かに日々を過ごす事にある。この現状が、彼の悲しい現実を少しでも薄めてくれればと。
「今までルーピン先生の事誤解していました!お話は凄く面白いし、素敵な先生だわ!」
「今度ハッフルパフのお茶会に来て下さいっ」
「お茶会か・・・。紅茶のフレーバーは?」
「ええ〜先生飲めるんですかー?」
どっとハッフルパフの子達と先生が笑う。その光景はキラキラしていて、なんだかとても遠い。
沢山の生徒達と笑い合う先生は本当に、本当に楽しそうで、私も嬉しい、筈。
そのキラキラに背を向けるように、ふらりとした足取りで階段へ向かう。お菓子を食べながら、床で宿題をしていた友人がおや?とした顔で私を見上げた。
「名前?」
「ちょっと、トイレ」
「?うん」
なんだろうこの気持ち。そんな事を考えながら天文台の階段を降りて行く。
もやもやした胸が気味悪く、胸へ両手を当てる。足取りは心無しか重い。早くトイレ行って、天文台に戻って宿題しなきゃ。
明日は先生をグリフィンドールの談話室へ連れて行って、・・・・ハッフルパフのお茶会には何時行くんだろう。
そんな事を考えながらぐるぐる。すると廊下の先に黒いトンガリ帽子にマントの背中と、ストライプのシャツを着た丸い背中を見つけた。
「あの教科は毎度の事ですわね。恒例と申しましょうか」
「またか・・・・って感じではありますねえ」
「次の方が見つかるまでは」
「僕ですかね」
トンガリ帽子は校長のマクゴナガル先生と、丸い背中はネビル先生だ。何か深刻そうな話をしている。
ゆっくりと歩いている二人に私の足は直ぐ追いついた。
「こんにちは。校長先生、ネビル先生」
「おや、ミス・名字」
「やあ、今日もリーマスの所に居たのかい?」
「はい。友人達と宿題を教えてもらってます」
「彼は教え方が上手いからね」
「はい。とても分かりやすくて楽しいです」
ネビル先生は嬉しそう頷く。ルーピン先生の今の状況をかなり喜んでいるのだ。やはり、ルーピン先生が何年も天文台に引き籠っているのは気掛かりだったのだろう。
その横で、マクゴナガル先生が頬へ手を当て何かを考えている様だ。そして何かがひらめいた様に、目をまん丸とさせネビル先生へその目を向けた。
「ネビル!リーマスはどうでしょう!」
「ええ?リーマスをですか?」
「・・・・?」
ルーピン先生の話?なんの事だろう。首を傾げると、困った様に眉を下げたネビル先生が。
「君からお願いしてもらおうかな・・・」
「私が?!」
ルーピン先生は続いて「ええー・・・」と声を漏らした。こんな風に声を張り、項垂れた彼を見るのは初めてだ。
「絶対やるべきです!絶対!」
私は両手を握りしめ、水分を感じる両目で必死に先生を見上げる。頬はポッポと熱く、鼻息が荒くなってしまいそうだ。
少なからずとも私は興奮しているのだ。握りしめた手にうっすらと汗を感じる。
興奮気味の私とは裏腹に、天文台はシンと静かだ。日は既に沈み、もうすぐ門限が近い。あと少ししたら部屋へ戻らなければ。
夕食前までは生徒達で賑やかだったここも、今では私とゴーストだけ。この話は二人きりになった時にしたかったのだ。
別に人が居てもいいのだが、私が先生にとって少しだけ特別な生徒でいたいだけに夕食後再び訪れた。
「次の先生が見つかるまでで良いそうなんで、ね!」
「・・・・しかしゴーストの私が?」
「仕方ないじゃないですか〜。代行しようにも他の先生方は自分の授業があるし」
「マクゴナガル先生も無茶を言いなさる」
「突然だったんです。防衛術の先生、辞任しちゃったの」
「・・・・あの教科は何故こんなにも、ころころと教師が変わるのかね」
「知りませんよ・・・」
私がネビル先生にお願いされた話。それはルーピン先生を説得し、闇の魔術に対する防衛術の先生をさせる事だ。
なんとなんと、私が彼と出会う切っ掛けをくれた、あの闇の魔術に対する防衛術の先生が辞めてしまったのだ。今日付けで。
ネビル先生が次の教師が見つかるまで代行をする予定だったが、マクゴナガル校長は教師の経験があるルーピン先生を思い付いたのだ。
そして今に至る。
「魔法史のビンズ先生だってゴーストですよ」
「そうだが・・・・」
「ルーピン先生は先生に向いてるんです!引きうけるべきですよ!」
「本当にそう思う?」
「うん!私先生の授業受けたい、昼間も夜も先生と沢山会いたいし話したい!」
「・・・・・・」
先生が防衛術の教壇に立つようになれば、ホグワーツ中の生徒達が彼を知る。教え方も上手いしジョークも面白い。きっとすぐに人気者になってしまう。
先々の予想に嫉妬心が産まれるが、この話は本当にいい事だ。
卒業や就職なんて、ましてや死と言う名のゴールもないルーピン先生の時間。これから何十年先、彼の知り合いも亡くなった後の事。
それを想像したらゾッとする。本当に一人になってしまった時、先生はそれでも天文台に隠れ、静寂と過ごすのかと。
「お願い先生!もう一度先生になって、私の本当の先生になって下さいっ」
「う〜ん」
「先生〜!」
先生の口元が緩み、彼はそこを覆う様に手の平で口元を撫でた。彼の丸い瞳がチラリと私を見下ろす。
段々先生の人柄を分かってきた気がする。先生、本当は嬉しくて仕方ないんじゃ。
「いろいろとね、不安な事があるんだよ」
「大丈夫!私がついていますから!」
「・・・・。わお」
先生の目がギョロっと見開かれた。頼もしい、そう呟き年齢に似合わない、少し幼く綻んだ無防備な笑顔を見せてくれた。
120219
→