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10

薄暗い空間にぽつりと置かれた白いマグカップ。闇に浮かぶその白が嫌に印象的だ。この薄ら寒い天文台を、より寒々しく際立たせる。
その寒さは何故かって、彼の明るさが無いからだ。友人は言う。

「もしかしたら、天国へ召されたのかも知れないわよ」

彼女はそう言って肩をポンと叩いた。ザワ、と混乱が黒い波となって私を飲みこむ。先生が消えてから丸一日が過ぎていた。
昨夜、友人を先生に紹介したくて天文台に連れて行ったものの、先生はそこに居らず、結局すぐ部屋に戻った。
顔を出さない彼に、やっぱり生徒の前に出るのが嫌だったのかと思った。朝一で先生に会いに行くと共に、気を使う事が出来なかった事を謝ろうと。

「ルーピン先生居た?」

「・・・・居なかった・・・」

「太陽が出てるからじゃない?」

「朝でも出てくるゴーストだよ」

「・・・・どうしたのかしらね」

最初は小さな波だった。しかし休み時間の度に天文台を訪ねても、ルーピン先生の姿はなかった。
動揺が混じる波は、時計の針が進むごとに大きくなる。日が暮れれば現れるだろうと、そう確信していたのに。
やっぱり私の事、嫌になったんだ。だから姿をまた、隠してしまった。生徒達に見つからない様に、静かに死後からの余生を過ごせるように。
突然の展開に混乱としただけの波が私を襲うだけ。先生が消えて二日目の夜。私は布団の中で毛糸の靴下を履き、こっそりとベッドから抜け出した。

「名前、どこ行くの?もう夜中よ」

友人の眠そうな声が、暗い部屋にぽつりと浮かぶ。他のルームメイトは寝静まり、女の子達の小さな寝息が聞こえている。
ぼう、と友人が杖の先に光を灯し、ベッドから出た。青い光に照らされる彼女の顔は、どこか険しい。

「起こしたならごめん。寝てて」

「・・・・名前、ルーピン先生の所に?」

「もしかしたら、今なら出てくるかも」

「私のせいで彼が姿を消したのなら、申し訳ないと思うわ」

「違うよ。友人を呼びに行く前に先生に酷い事言っちゃって、それで私が嫌になったんだわ」

「・・・・とっくに消灯は過ぎてる。朝になってから」

「朝にも見に行くよ。でも今だから行きたいの。居ても居なくてもすぐ戻ってくるから」

彼女の険しい顔は、段々と同情を寄せる様に眉が下がって行く。ポン、と肩に手を乗せて。

「もしかしたら、天に召されたのかもしれないわよ」

ざわ!黒い波が、先生が消えてから育ってきた不安が、一気に私を飲みこんだ。その言葉が決定打の様な気がして、ああ。
唇がわなわなと震え、急いで口を結ぶ。鼻腔が膨らみ、頬につう、と暖かな水の感触が流れた。
友人はオウ・・、と子供を慰める様に私を肩へ寄せる。泣くつもりなんて無かった。彼女のパジャマに私の涙が染み込んでいく。涙が出るなんて、予想してなかった。

「先生が本当に、天国に行っちゃってたらどうしよう」

「・・・・そんなの、分かんないわ。ゴーストの仕組みなんて分からないもの」

「だよね」

すんすんと鼻を啜る。友人の手の平が私の頭を撫でた。

「でも、やっぱり行きたいの。どうしても先生が消えたなんて思えない」

「・・・いいわ。行ってもいいけど、風邪を引かない様にね。あと、見回りの先生に気をつけて」

ごめんありがとう。涙声でそう呟き、彼女の胸から離れる。彼女が何かを言いたそうに口を開いたが、それを気にせずに私は部屋を出た。
もし見つかったらと恐怖を感じるが、太った婦人はぐうぐうと眠っていたので難無く塔を抜け出すのに成功した。

(う・・・)

塔を抜けて、真っ暗な広く長い廊下に息を飲む。入学してからずっと思ってた、なんでこんなにホグワーツは不気味なのかと!

「ルーモス」

青白い光が杖に灯る。壁に掛けられた絵画の人物達が、うざったっそうに身を捩る。目立たぬように光りを最小限に絞るしかない。
小さく弱弱しい光が更に心細さを産み、青い光が余計に不気味さを際立たせた。
課題で先生の所に通って居た時は消灯前でホグワーツ内は明るかったし、校内で過ごす生徒も何人かはいた。
しかし今は光一つない闇が奥まで続き、生徒どころか絵の中の人達までも静まっている。古くレンガ造りの校舎も悪い。余計に。

(・・・・怖いって!ポマードポマードポマード)

杖を両手で握りしめながら何故かポマードを心の中で呟く。しかしポマードなんて考えて居たら、廊下の奥から鎌を持った口裂け女が高速で走ってきたらどうしようと。
一度想像してしまうと恐怖は拭えない。怖気づき始めている足は、部屋を抜け出した事を後悔している。
お化けが出たらどうしよう!なんて、どうせここのお化けはゴーストじゃんと。けれどこの闇と雰囲気は幽霊に繋がってしまう。

(ん?)

すると・・・、廊下の奥でぽつりと米粒の様な白い光。サーと血の気が引いた。人魂・・・・ではない、見回りをしているフィルチか教師だ!

「ノ、ノックス」

慌てて杖先の光を消し、元来た道を引き返す。すると後ろから待て!と叫び声に続いて猫の鳴き声が。
フェルチだ!なんでばれた?目良すぎ!と、焦る私は足音を立てて走っている事に気付かない。
口裂け女に追われるよりも、罰と説教を受ける方が今は恐怖だ。一目散に走り、廊下の角をギャギャッと曲がる。
すると、視界一杯にチェック柄のシャツと単色のカウチンが広がり、人だと認識する前にドン!・・・・と。

「わ?!」

「きゃ!」

私はその人物の胸に勢いよく飛び込んだ。人にぶつかった!見回りの先生だ!
あっと言う間に結論は出て、諦める様にのっそりと顔を上げる。

「・・・・名前?」

「ネビル先生?」
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