▼ シャドウボクサー
夕陽が差し込む鉄と土くさい下駄箱。そこが何時も、お前を待つ場所。
「佐伯君!」
「おっせーよ。ばか」
「ごめんね。早く帰ろ!」
何時からだっけか。俺とお前が、こうして一緒に帰る事になったのは。
家は同じ方向だし、バイトも一緒。ならば帰り道が重なるのは自然な事だとは思うが、それだけの事。
バイトじゃない日まで、待ち合わせまでして同じ時間に帰る理由なんて、ないんだ。それなのに、俺達は毎日、授業が終わればお互いを待った。
「なんかね、若王子先生には7不思議があるらしくって」
「へえ。まあ、謎だもんなあの人」
当たり障りのない普通の会話。今日は何を食べたかとか、授業中寝ちゃった。とか。
分かっているんだ。お前は、俺の事が好きなんだろ?すっげーバレバレじゃん。何時も顔や態度に出てるんだよ。
明るく、テンションは高めに。それと女友達と話す時とは違う、ワントーン高い媚びた声。そして行動を間違えないように、平行に進む線。
俺と名前には、事件は起こらない。何もない。それだけ。それが3年も続いた事は凄い事だ。それ程名前は俺の事が好き。確信済み。
ヘビーでパンチ力のある感情。
「佐伯君、来週受験なんでしょ?」
「ん?まあな。AO推薦やって、それ落としたら一般で」
「うー!頑張ってね。受かるといいね」
「ああ」
何時だって、平行に進んで。
「名前は進路どうすんだっけ?」
「前も言ったじゃん。私フリーター」
「大学行けばいいじゃん」
「うーん。大学行ってもいいけど。性に合わない気がするの」
「そーゆー問題?」
「そーゆー問題」
進路の話なんて、1年の頃から飽きる程話した。話す事も、返事も、毎回同じ。
朝起きて、眠いとか思いながら学校行って、つまらない友達にくだらない授業。飽き飽きとした校舎。昇降口の匂い。夕陽と人のゴミ。ただ発光するテレビと面倒なシャワー。
変わらない、繰り返される規則正しいリズム。そこに加わる何もない名前と言う存在。
この世界が、もしファンタジア溢れる世界だったら。恐竜がロボットに変身して地球を守るような世界だったら。
学校は数式を学ぶじゃなく、魔法を学ぶ所だったら。むしろ人殺しを教える場所だったら。先月に大震災が起きてくれれば、戦争が始まれば。
・・・世界なんて滅びれば、俺達の間に何か大きな事件が起きたかもしれない。
「卒業したら、もうこうして一緒に帰る事も無くなるのかな〜」
「そうだな」
目を見る事はしない。そんな事は俺もお前も望まないから。彼女が話す事は、ただの世間話なんだし。
何も行動に起こせないのは、俺とお前が丁度よく、シンクロして同じ質と量の思いだからだ。平行して進む線は、交わる事を知らない。
バランスを崩したら、・・・・それを考えると、俺は怖いんだ。そしてお前も同じ事を思っている。
「それじゃあ、また明日ね。佐伯君」
「ああ。じゃあな」
「ばいばーい」
今日も、明日の帰り道もきっと、何も起こらない。俺は怖い。そして、今の状態がとても気持ちいい。
そう、だから、何もしない。
お前の事が好きなんて、絶対に言えないよ。
090316