▼ ファンタジックトーキョー
星の光のように、作られた町の光は夜の黒に滲んでキラキラと輝いていた。ほう、と息を吐けばタバコの煙を吐いたように真っ白な息が空気に滲んで消えて行った。
今夜は来てよかった。とても私を感動させる。そして、お台場の夜は確実に次の日付に向けて時間を進めている。
私はただ、その無機質で感情のない、ただ美しいと思える橋やビルや車の放つ儚い光に何の意味もなく感動しているわけだ。
そんな私の横で、彼は何度も腕時計を確認していた。
「もういいでしょ?」
「ううん。まだ・・・」
まだ、この夜景の中に居たかった。
つないだ手は、彼も私もとても冷たくて、むしろコートのポケットに突っ込んだ方が暖を取れる気がしたけど、私はこれでよかった。
「ああ、だー!もう駄目!終わり!帰るよ!」
「やだ!もうちょっと、あ。なら写メ取ろう。今日の記念に!」
「駄目駄目!そんな暇ないよ。またこよう?な?はい。行きますよ!」
この美しい夜景と共に佐助と携帯のデーターフォルダに収まりたいが、彼はそんな事許してくれなかった。
・・・初デートなのに。ちえ。
二人で何度か出かけた事はあるけど、こうしてデートスポットに来たのは初めて。だから初デート。そうここは大好きなお台場。
「やだあーー!まだ帰りたくない〜!」
「こら!俺明日仕事だっつーの!」
佐助は私の腕をぐいぐい引っ張って走り出そうとする。
私はどうしてもまだ、あのキラキラ光るレインボーブリッジを見ていたくて、彼の引く力とは反対方向に体重を掛けて留まろうともがく。
「やばいやばい!あと2分で終電行っちゃうって!ああ〜」
「うう・・・」
「走るよ!」
「・・・・わかったよ!もう!」
時計を見ながら、佐助は本当に焦っている。たしかに終電をのがしてタクシーは・・・金銭的につらいかも。だって家はこのお台場と言う島とは違う島なのだから。
観念して踏ん張る足の力を抜くと、佐助はとても強い力で私を引っ張って、物凄い速さで走り出した。
うう、帰りたくない。まだ、このキラキラの中に居たいよ。
「もっと早く!」
「む、り」
駅は奇妙に静まり返り、ぽつぽつと人が私たちと同じように駅へ駆け込んでいく。
二人で誰も乗っていないエスカレーターをガンガンと大きな音を立てて下りる。電車が来ているような、でももう行ってしまったような、そんなよく分からない気配が。
「あ。ああ!」
「・・・・はあ、はあ、は・・・」
ホームはもう誰もいない。
佐助は唖然と立ち尽くしながら、はあはあと息を吐く。私はもう息が上がって苦しくて苦しくて、マフラーで口を押えて息を静めようと。
佐助、ごめんなさい。
「あ〜〜うっそー。行っちゃったの?」
「・・・あーあ・・・」
電子掲示板には電車が終了した、と伝える赤い文字。
すると、エスカレーターから一組のカップルが私たちと同じように息を切らしながら下りて来た。
「あー終電行っちゃったみたいだぜ」
「まじー?タクシー?」
「カラオケか居酒屋で始発まで時間潰そうぜ」
そう言ってそのカップルはまた上へと上がって行く。
「・・・・・」
「・・・・・」
佐助と私には呆然とした少し気まずい空気。カラオケ、居酒屋。それでもいいかもしれない。だけど佐助は明日仕事だ。
「・・・佐助、ごめんね」
「本当だよ・・・あー」
腕時計を見ながら佐助は頭をぼりぼりとかいて、タクシーかちくしょうと呟いた。その瞬間、私の視界は先程まで見ていた、お台場の夜景がキラキラと輝いた。
(時計、時計を気にしないでほしい)
「・・・って、おわ!何泣いてんの?」
「・・・ご、ごめんね佐助。明日仕事なのに」
「・・・・・・」
「う、うう。ふ・・・・うわーん」
「はは」
佐助はクスリ、と笑うと、もう一度手を繋いで来た。そして私の頭をよしよしと撫でる。
私はもう、なんだか苦しくなって切なくなって。
ああ、そうか。まだあの夜景を見て居たいというのは、嘘だったんだ。私はただ、まだ、佐助と一緒に居たかったんだ。
「急に泣いて、ご、ごめんね。嫌わな、いでね。愛想つかさないで、ね」
「はいはい」
私は鼻を大きく啜って、マフラーで涙を拭いた。
終電が行ってよかった。今日は佐助が横に居てくれて本当に良かった。
「私、まだ佐助といたいよ」
「え・・・・・?」
「・・・・終電、行って良かった」
遠まわしで、はっきりとした言葉。そうして欲しくて、でもまだそうして欲しくない。沢山の矛盾とただ、終電が行ってよかったと思う気持ち。
「・・・今日でいいの?」
「うう。違うの、そうじゃないの。ただまだ一緒にいたいの」
「・・・・・・」
佐助がぐい、と私の腕を引いた。
「?」
「さっきの場所に戻ろうか。まだ夜景みてたいんでしょ?」
「・・・・・・・」
「ほら、行くよ」
「・・・うん!」
こうして、私たちはお台場の夜に溶けて消えて行く。
この後私たちがどうなったかなんで、レインボーブリッジのあの美しい光に比べれば、とても細やかな事に過ぎないのだ。
090126
拍手用