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▼ ラストクリスマス

世界はクリスマスを待ちに待ち、丸い光をふわふわと漂わせ浮かれていた。
「プレゼントではなく貴方が欲しい」と定番のクリスマスソングが流れ居ている。この曲、I/POTに入ってる。好きなの、クリスマスソング。
白い息を洩らしながら、喉は悲鳴を上げている。冷たい空気が痛い。それに息が切れて苦しい。無駄に興奮しすぎているのだ。
今日はコートの下に可愛いワンピースを着た。しかも背中にファスナーが付いているやつだ。その方が彼も喜ぶと思って。
あざといミトンの手袋に奮発して買ったブランド物の紙袋。クリスマス限定のモデルの腕時計だ。
シンプルだったし、針や石も落ち着いていて仕事でも休みでも使えそうな奴だ。そう、腕時計が一番無難なのだ。
財布はちょっと躊躇うし、ネクタイは相手の好みもあると思って避けた。一番喜ぶのは煙草をカートンで10本だろうけど、そんなのクリスマスじゃない。

クリスマスは一年で一番好きな日だった。
いや、クリスマスを迎える12月のこの時期が好きなのだ。
街は冷たく澄んだ空気でイルミネーションをより一層美しく輝かせる。なによりこのイルミネーションが好きなのかもしれない。
そして今年のクリスマスを、人生で一番特別に感じている。
高校生や、大学生の時とは違う。私も年を重ね、人を愛する事を学んでいた。この気持ちがとても重く、そして薄っぺらい物だと理解しながらも、私は今、彼が好きだ。

「お待たせ!」

「おー」

政宗は煙草を革靴の裏へ押しつけ、火を消した。ここ、路上禁煙地区なんだけど。
手には彼に似合わない、薄ピンクの紙袋。ああ、ここのアクセサリーくれるんだ、と見え見えのプレゼントに胸を躍らせる。
じゃ、行くか、と腕を引かれて歩き出す。向かうのはこの時期限定で公開されるイルミネーションの広場だ。
この前TVでも特集されていたし、雑誌にもクリスマスおすすめデートスポットで紹介されていた。会社の同期も今夜来てるらしい。

「すげー人ゴミだな」

「わーわー!綺麗!」

イルミネーションの周りはカップルで溢れ、その人ゴミに呆れる彼と喜ぶ私が対照的。この人ゴミだと同期は見つからないだろう。
私たちは人ゴミに混ざりながら、イルミネーションの中をあるく。独特に濃厚な雰囲気が恋人達を盛り上げるだろう。
私も電飾の美しさに感動すら感じ、高揚していた。他の女性達だって。そこに同調しながら男達は今晩に満足するのだろう。
クリスマスはやっぱり特別だ。街の雰囲気だけでなく、特別な人と過ごす事に価値があるのだろう。
様々な色を放つイルミネーションは感動する以外にも、切ない気持を生み出してくれるから厄介だ。
政宗が私の顔を覗き込みながら、口角を釣り上げた。連れてきてやったんだ、感謝しろと言わんばかりの含み笑い。

「移動するか」

「もう?」

「十分満足したろ」

「もうちょっと見ていたい」

呆れた様な溜息が頭上から聞こえる。私は一目も逸らさず、キラキラ光るイルミネーションに釘付けだった。
そこにジュ、と100円ライターの音。私はう、と政宗を睨んだ。彼はやっとこちらを見た私に、意地悪そうに笑み、煙を吐く。

「んだよ」

「雰囲気ぶち壊してる」

政宗が吐く煙草の煙がふわふわと浮かび、光る電飾の瞬きと混ざった。
煙草は嫌いだった。だって、政宗は私より煙草が好きだから。

「ふてくされんなよ」

彼ははにかみ、私の頭をぐしゃぐしゃ混ぜる。彼と居る時、不機嫌にふるまってしまうのは、いつだって彼の気を引いていたいから。
彼と居る時、バカな風を装い甘えるのはいつだって彼の気を引いていたいから。

(オリンピックって3年に1回だっけと頭を傾げたら、彼はだらしなく笑って可愛いと言ってくれた)

冷たく乾燥した空気は瞳を潤ませ、イルミネーションの光で涙を浮かべたように揺れる。彼も私も。
好きな人が出来て、泣いて、また人を好きになる。当たり前のサイクル。また、今年が終わる。
クリスマスが特別な気がするのは一年の節目が近いからだろうか、年末年始にこの行事は卑怯じゃないか?もしクリスマスが5月だったら全然違っただろう。
また一年が過ぎていく。幼い私の気持ちだけを残し、時間は無理矢理に私を大人にするのだ。
今の仕事だって採用されたから働いてるだけ、上司や残業にもうんざり、親孝行なんて恥ずかしくて出来ない、貯金だって全然。
イルミネーションの光に今年の現実が走馬灯の様に浮かぶ。毎年思う事であり、全ての日本人ならみんなそう。現実ってロマンチックじゃない。

「鼻の頭、赤いな」

政宗を見上げて込み上がる。なりたい物になれない自分。来年も、この人と過ごせるか分からない時間。
人の気持ちが変わる事は知っている。時間や未来に補償などない事もわかっている。

「おら、寒いんだろ?タクシー使うか」

「寒いのは政宗でしょ」

手袋をしない冷たい彼の指先が私のマフラーを締め直す。赤いと言われた鼻先が毛糸に埋まる。
彼は私の腕を引き、人ゴミの流れを逆走する。銜えた煙草はじりじりと短くなっていた。

「もう帰るの?」

「12時迄には寝てーだろ?」

「うん」

「明日仕事だからな」

「やだねーなんで25日平日なのかなー」

「なー」

タクシー乗り場にある吸い殻捨てに煙草のを投げ捨て、私の体をタクシーに押し込む。せっかちだな、と呆れながらも暖かい車内に気持ちが緩んだ。
タクシーは政宗の家を目指す。政宗は得意そうに、仕込んでおいたお肉とケーキの話題を持ちだす。
運転手の存在などなかったかのように私と彼は夕飯のごちそうを話す。彼はワインも冷やして置いているらしい。
安易に想像できる今夜の流れ。彼が私のワンピースのファスナーを嬉しそうに下げる所を想像した時だった。

「・・・・名前」

「ん?」

彼は背もたれに体をずっしり預けたまま、視線だけを私に投げた。タクシーは赤信号で止まる。
彼の向こうの窓の外、電飾を巻きつけられた歩道の木々達がキラキラと輝いていた。

「今年も、お疲れ様」

タクシーはドゥルル、とエンジン音を再開させ、また走り出す。

「来年のクリスマスは、いいホテル取るぞ」

彼の周りの景色は光の後を線状に残し、瞬く。マフラーに埋めた鼻がツンと苦しくなった。
不思議な空間だった。タクシーの窓はす全てカラフルなイルミネーションで埋め尽くされ、遊園地のアトラクションの様だった。
政宗がゆっくりとこちらを向いた。丁度、派手なイルミネーションを飾るデパートの前を通った時だった。
彼の頬の産毛が、イルミネーションの白い光に照らされている。

なりたい物なんてなかった。ただ、流されるようにこの日をむかえたけど。

(私、クリスマスが好きな理由)

そっか、私。

「ホテル、デ/ィズ/ニーランドのがいい」

「調子乗んな」

狂おしい程に愛しい存在を乗せたタクシーは、クリスマスの街を走る。
私、クリスマスの一部になりたい。そう、このキラキラ光るイルミネーションの一部になりたいのだ。
政宗が私の事、綺麗と思って一度でも見てくれるだけでいい。毎年、貴方が年をとって死ぬまで、この季節には輝きたいのだ。
そう思った瞬間、ブーツを履いた足はニョキニョキと伸び、腕から、胸から緑の葉が生え出した。政宗は眼を見開き驚くだろう。そして愛でてくれる。
リンゴやプレゼント箱のモチーフが体を色取り取りに飾り、旋毛からはキラリと艶のある星が生えた。

来年も、その次の年のクリスマスも、一緒に居て欲しい。

「私、今の仕事辞めてクリスマスツリーになりたい」

「は?」

「そしたら毎年私の事、側に置いてくれる?」

「なんだそれ」

「んー、新しい、プレイ?」

「どんなプレイだ、詳しく」

「まずはね、ツリーの飾り付けからでね」

タクシーの運転手は無言のままハンドルを右に切る。きっと馬鹿なカップルにあきれている。日本の未来を嘆いてもいるだろう。

私は彼の肩に頭を預け、少しだけ泣きそうになるのを堪えた。

同じクリスマスはもう来ない。今年もお疲れ様、来年も、その先もずっと、同じ言葉をかけて欲しい。

タクシーはスピードをゆっくりと落とし、今日の日を走り抜けた。
20120106