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▼ すあしのて

「あ」

すぼ。間抜けな音を上げて私の指は毛糸の壁を突き破った。そろそろ限界なのは分かっていた。長年の摩擦により薄くなった毛糸の繊維。色だって大分くすんでしまっていた。
大変残念な事に、寿命だった。もう手の施しようがありません。12月7日、午後4時15分。ご臨終です。
しかしこの子は精一杯生きました。どんなに寒い日だって弱音を吐かずに私を励ましてくれました。今日は寒くて気が滅入る。そんな日だって頑張ってくれました。
私は立ちつくし、唖然と口を開ける。形あるものは何時か壊れるが、それが今日だなんて。

「あ〜あ」

木枯らしがふくらはぎをなぞる。なんで女子はこんな寒いに日にも生足を晒さないといけないのか。男子はいいよね、長ズボンだもんね。
私はこれからの下校を考えると、寒さのあまり落ち込んでしまう。手袋ひとつ無いだけで、随分と違うのだ。
ミトンから突き出た指をくいくいと動かす。はあ、これ小学生の頃から大事に使っていたのに。買い替えかあ。

「んだ?破けたのか」

「?!」

すると背後に大きな影が多い、そのドス低い声に肩を跳ねさせる。恐る恐る振り返ると、同じクラスの・・・。

「さ、桜井くん・・・」

しかも兄の方。噂じゃこの辺のヤンキーの頂点に立つとか。酒も煙草も、しまいにゃ危ない薬にも手を出してるとか。
暴力団と繋がりがあって、卒業後は上海のマフィアになるだとか。とにかく外見からして危ない兄さんだ。
わ、私ヤンキーだめなんだよね。怖いじゃん。ああ、そのほっそい眉毛苦手!超苦手!

「これじゃもう治らねえな」

「そ、そ、そうだね」

同じクラスと言えど、一生係わる事のないと思っていた彼が私に話しかけてくるなんて!
きっかけとなったであろう手袋を責める。なんで今やぶけたんだコラ。せめて明日やぶけてくれよ。
あ、私の寿命縮まったわ、これ。

「そ、それじゃ」

「随分ガキ臭いの使ってんだな」

「ま、あね」

「結構使ってたのか?」

帰らせてくれないのですか?!私今、それじゃって言ったじゃん。背筋がどんどん冷えていく。悪い意味で。
桜井君って中学の時、暴走族のボスの女、まわしたらしいよ。まわした?
いつ聞いたかわからない噂話を思い出す。い、いや、人を外見と信用性のない噂で決めるのは良くない!けど桜井君は本当っぽい!

「小学生から・・・」

「へえ、物持ちいいんだな、お前」

「たまたまだよ。これだけ、たまたま」

長年冬の間連れ添った相棒の死を悲しむ前に、私は今の修羅場をどう乗り越えるかに頭を悩ます。
なんて、びくびくしていた恐怖の根は何時の間にか元に戻り。あれ?桜井君って意外にちゃんと話せる人だった。と。

「お前、チャリか」

「うん。自転車通学・・・」

「ないと辛いよなあ、冬はよ」

「あ、分かる?桜井君も自転車だっけ?」

「いや、バイク」

あ、だからか。あ、校則違反。まあ、そんな事指摘出来る訳も無いので、笑っておく。
そっか、バイクか。手袋必要だよね、風を切る乗り物には。冬はキーンってなるもんね、手袋ないと。そっか。そっか。
私はどんどん不思議な気持ちに包まれていく。あの桜井兄が思っていたより怖くない事に感動している。なんだ、彼は普通の柄が悪いだけの高校生だったんだ。

「ほらよ、これ使えよ」

「え?!え?」

「やるよ」

「はあ?!」

「んだよ?嫌なのか」

「いえ、ちが!」

すると、天変地異。いや、月が落ちた。ううん、多分樹海では時計が正常に作動している。あ、明日はきっと雪だ。
桜井兄は私の手の中にポン、と少し草臥れた革製の茶色い手袋を。まじで天変地異だ、これ。しかも、やるって・・・。

「新しいの買ったんだ。構わねえよ、お前にやる」

「い、いいよ!洗って返すから・・・っ」

「革だぜ?洗うなよ」

「ど、どうして私に」

「たまたまだ。お前が居たから」

桜井兄は続ける。俺は新しいの買ったんだ。ビンテージ物だぜ、今度見せてやるよ。そうしたらよ、今まで使ってたこれをどうすっかな、と。
ルカにやるつもりだったけどよ、辛いだろ?こんな寒い日に手袋無しでチャリはよ。つまりお前はラッキーだったって事だ。

「あ。ありが」

「いらねえなら捨てて構わねえよ」

桜井兄、・・・桜井君はそういって、ぽん。と私の頭を撫でて去って行った。
カチリ。私の中で歯車が動き出す。やめてって、違うんだって、彼はたまたまの気まぐれだっただけで!
冒頭に戻り、私は今一度駐輪所の真ん中で立ちつくす。ああ、なんてこった。もう、この手袋捨てられない。
もらった手袋へそっと手を入れる。大きすぎる。指がたっぷり余ってしまった。

(どうしよう)

小学生から使っていた手袋は穴があいてしまった。しかし今、たった今新しい手袋が手に入った。
私はまた、この手袋を穴が開くまで大事に使ってしまう。とても大事に。
透明な雪が私へと降り注ぐ。それは新しい感情で出来ている。どんよりと重い雲から光が射し、それはまるで天に召される犬と少年の如く。私の意識は空へとジャンプする。
困った。どうしよう。

桜井君は校門であの子に声を掛けている。きっと俺のバイクで送ってやるよ。的な事を言って居るんだろうか。

(あ、マフラー)

桜井君は彼女に自分のマフラーを巻いてやっている。ああ、私、どうしよう。
苦しい念がこみあげ、彼の手袋をはめた手で拳を握る。あの子は確か桜井兄弟の幼馴染で、今年の文化祭で女子生徒の頂点に君臨した・・・。
私、手袋より、あのマフラーが欲しかった。彼の首に巻かれていた、あのマフラー。
穴の開いてしまった手袋を恨む。話しかけられる切っ掛けになったこの子。本当にバカ。明日破けてくれればよかったのに。そうすれば話しかけられる事、無かったのに。
彼とは、他人のままでよかったのに!
あのほっそい眉毛、そんなに悪くないじゃん。彼の香りが染み込む手袋へ、白くなった溜め息を吐いた。
101207