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▼ チョコミントナイト

※眼帯事情偽造

幼い頃、それは真夏の夜。
その夏の夜はじめじめした空気に包まれていた。城下で行われていた祭りのお開きが近付き、締めの花火が上がる。黒い夜空を線で仕切る様に、白い煙。ひゅるるる。
健在で近い存在だった家族はそれを眺めてたまやと毎年叫ぶのだ。私は祭りで火照った熱を鎮めようと一人抜け出し海を見つめていた。
空でドンと花火が開く。その爆音とは裏腹に海は静かに波打っていた。今夜は月の負けだ。花火の光が真っ黒な水面をぱっと照らす。

「熱い」

私は可愛らしい物や綺麗な物が好き。夜の静かな海は綺麗だ。花火に照らされるその一瞬はもっと綺麗。どうしたらその一瞬を残しておけるのだろう?私、その一瞬を髪飾りにしたい。
しかし、そんなこと。
岩場から身を乗り出し黒い水に自分の姿を映す。ゆらゆらと揺れる海面に、夜色を映す海と同じ様な彩度の着物が映った。頭の部分だけが、白く揺れている。
本当はこんな色じゃない。赤や薄桃、薄黄、薄紫、若草色も好きだな。ああ、もっと可愛らしい色を纏いたいと、嘆く私の代わりに海が波打ってくれた。

―ドン

花火がまた一つ頭上で花開き、光が粉の様になって降り注ぐ。暗くてはっきりとしなかった海面に、はっきりと自分の姿が映る。
私は深く息を吐き、帯に下げていた帯飾りをぽちゃん。海へ捨てた。
花火がまた、ドン、ドン。忙しく数を増やし、もうすぐ祭りの終わりだと訴える。
海面に映る自分の顔。私はそこを確かめる様に指でなぞる。可愛い物では無かった。あの言葉をなんとなく思い出す。勇猛な男達は言っていた。

戦場では目を狙って槍を突く。

顔の左半分を隠す黒色い面積。全てが終われば私は変わってしまうのかな。海に捨てた帯飾りは小さい頃からのお気に入りだった。
大人達は私が坊やだった頃、可愛らしいねと喜んだ。しかし背が伸び、丸かった目がきりりとしまり出した頃、それは女々しいみっともないと、彼らは捨てる事を進めてきたのだ。
もう子供じゃないんだから。分かっているから、私は愛くるしいと可愛がられた容姿を脱ぐ。そうだな、この花火が終わったら私は変わってしまおうかなと海へ全て捨てに来たのだ。
ひゅるるるるる。
最後であろう花火が地上に這う者達を焦らすかのように、まだまだと夜空へ高く高く上がり続ける。俺は特大なんだぜ。火薬がはんぱねえ。
私は、私、僕、僕、俺は。

ドン!

辺りが昼間の様に。俺は目を見開く。遠くの海面に肌色がぽつりと見えたのだ。あれは、人?

(え?)

花火の散り散りになった光の残骸が、星の様に落ちてくる。昼間の様に明るくなった辺りが、じわじわと夜を取り戻す。
心臓が甲高く早く打つ。海面にぽつりと見える肌色は、此方を見ている様に思えた。幼い頃母が語ってくれた夢の様なお伽話を思い出す。海には半身魚の人間が住んでいる。
あれは・・・・・人魚?人魚なのか?身を乗り出すと、岩場の小石が海へぽちゃんと落ちた。

「あ、待て!」

―ぽちゃん。小石が海底に沈んでいくと同時に、遠くの海面に居た肌色も静かな水音を残して消えた。
俺は唖然と口を開き、静かな夜を取り戻した海を見つめる。たしかに俺は見たのだ、海面に肌色の・・・。凄い!なんて事だ、なんて綺麗なんだ!
この海に人が住んでいるなんて、それだけでなんて綺麗な事だろう。誰にも知られずに彼らは深い底へと潜って行くのか。誰にも知られずに。
さっきが捨てた帯飾りは、あの人魚と同じ深さまで沈むのか?誰か教えてくれないか?静かすぎるお伽は、音も光もない深い深い海の底で生まれた泡の様。

「凄いよ、・・・・すげえや」

夜空を見上げ、夢か幻かの現実に意識を浸す。これは運命なのだと決めつけて、何年経っても思い出すのかなと自分に問い掛ける。
最後の花火が上がり、最後の花火になってしまった。
今夜の事を下らねえと鼻で笑い、足で蹴ってしまうのか?けれど俺は分かる。今夜の事は何時の日か闇の中で輝き、熱い涙になる事を。












それから日は流れた。柔かった手の甲は骨と共に伸び、ごつごつと角ばった。眼帯へはらりと落ちてきた髪を掻き上げる。

「兄貴、来て下せえ!!」

「あ?んだよ」

「女が釣れたんすよ!」

「そうか、よかったじゃねえか。どこの色街でだ?ん?」

色街へ寄ったのは数日も前の事だ。今更のろけるのか、くだらねえと俺は籠の鳥へ向けて片眉を吊り上げる。
しかしその乗組員は息を咳切らし落ち着かない。酷く興奮している様だ。

「違いますよ!今でさあ、今!網に女が!」

「はあ!?」

そう言えば、外からがやがやと船員達のざわめきが聞こえてくる。針でツンと刺された様に胸の奥がチクリと痛んだ。
今の俺ならば腕を組み、冷めた態度でくだらねえと唾を吐けるか。おいおい、網にかかった女だと?意識の中に沈めた箱がカギを開ける。俺は、この日をどんなに待ち望んだか。
甲板へ出ると船員達が一か所にわらわらと塊り、床板へ視線を投げている。俺は彼らを掻きわけ、女の元へ。

「兄貴、この女です」

「あ、兄貴・・・?」

「おお、まじか」

俺らの晩飯となるであろう魚達にまじり、ぐっしょりと濡れた女が俺を見上げていた。女は小さく短い呼吸を繰り返し、今にも泣き出しそうな瞳を震わせる。
ここはどこ、なんで海。そんな事を呟き、視線を四方八方に泳がせる。そんな中で、船員の誰かが声をあげた。人魚だ!と。

「人魚?!そんな、私は普通の女子高生・・・っ」

彼女がキンキンと裏返った声で叫ぶ。その声色は恐怖なのだろうか?ああ、そうか。きっと人魚には掟があるのだろう。人間に捕まってはいけないとか。
彼女は人魚。船員達は次々と口にする。見渡す限りの海に俺達以外の船は無い。溺れていた女がたまたま運よく俺達の船の網に引っ掛かった・・・なんて予想は誰からも上がらない。

「人魚なんて本当に居るのかよ?」

「どっかの国じゃ人魚の干物が高く売られるらしいぜ」

「兄貴!この人魚どうしますか?!」

「海から釣れた娘。いい見世物になりまっせ」

船員達の案を薙ぎ払う様に、はっ、とひとつ笑う。
俺は腰を下ろし、彼女の体を隅々まで舐める様に見まわした。いたって普通な小娘だ。しかし海からやってきた。見世物、干物、人魚。はは。くだらねえ。
船員達へぐるりと視線を送り、一喝する。

「干して売るつもりはねえ!」

「わ、私は人魚じゃ・・・」

「俺達の船は人魚を手に入れた!すげえ事じゃねえか!」

うおおお。船員達が雄叫びをあげる。この時をもって彼女はこの船の守り神となり、船員達は自分が乗る船に摩訶不思議で人外な生物が居る事を誇りに思うだろう。
胸が酷く高鳴る。興奮し感動すら覚えるぜ。そう、彼女の存在は幼い頃に夢見た世界。俺はその不思議な存在を酷く綺麗じゃねえかと。そう思う。
この測りきれない広く深い海からやってきたなんて。最後の花火があがった夜、ああ、思い出す。

「お前、名はあんのか?」

「私、普通の人間です!説得してください!」

「俺は元親。この船の長だ」

「私、私・・・・」

「怪我はねえか?腹は減ってねえか?まずは湯浴みか。欲しい物があるならなんでも言え」

娘を気遣う様に、ぐっしょりと濡れた肩をぽんと叩く。彼女は不思議な格好をしている。不思議な形をした紺色の襟、赤い胸飾り、膝まである白い足袋、折り重なった着物の裾。
やけに短い裾からにょっきりと出た露出の高い足。もう格好からして普通の娘じゃない。その現実だけで十分だった。
娘は真っ青に顔を染め、縋る様に俺の腕を掴んだ。その手はブルブルと震えている。

「た、助けて下さい。おまわりさん呼んで・・・」

「よしよし。泣くんじゃねえ」

娘は大きく震える瞳からぼたぼた涙を落とす。そういや、昔聞いた母からの話じゃ人魚の涙は真珠になるとか。涙は床板へ落ち、染みを残して消える。真珠にはならなかった。
俺はにやりと笑い、娘の膝を撫でた。彼女の青い顔は恐怖でか、さらに青くなった。まあ、悪くない器量だ。後はどうやって繋ぎとめておくか。

「足は魚じゃねえのか?」

「うう・・・・助けて」

「まてまて、俺は女にゃ優しいぜ?そんなに脅えんな。俺が傷付く」

「も、元親さ、お願い、見逃して」

彼女は何を勘違いしているのか。真珠にならない涙がどんどん溢れる。丸く柔らかそうな頬だ、その頬が俺の為だけに微笑んだら。
本当は彼女が人外なんて思わない。しかし、俺はそれを故意に隠す。くだらなくなどない。熱い涙が胸の中へやっと落ちる。

「なあ、聞きたい事がひとつある」

娘の顎をクイ、っとつかみ上げる。彼女の瞳を一つの目で覗きこむ。焦茶色した硝子玉の様な瞳に、俺の顔が映っていた。

「・・・・・な、なに」

「人魚との繁殖方法」

憧れた存在に、いつか捨てた帯飾りを重ねる。
娘の瞳がゆらり。その面に花火が映った様な気がした。彼女の焦茶色した空にいつかの花火が開く。泣いてしまおうかな、と思った最後の花火。
101130