▼ ゴースト
あいつは死んだ。それはとてもあっけなく。
この戦国の世、国の為ではない。あいつは風邪をこじらせて死んだ。
馬鹿じゃないのか?この戦国の世で風邪なんかで死ぬなんて。役立たずな奴だ。
ほんとうにお前は最後まで馬鹿な女。馬鹿なお前にお似合いの死に方だな。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・あはは」
政宗は大きく目を見開いた。葬式を終えて部屋に戻ると、そこには女がいた。
あはは、と笑ったのは死んだはずの彼女だった。
「おま・・・え・・・」
「あははー・・なんか成仏できなかったみたい」
「・・・はぁ?」
「ねぇ、どうしたらいいの?これ」
彼女は困ったように笑う。
「どうするって・・・」
「だってよくないでしょ?この状態」
「・・・・そうか?」
「あ、また私に会えて嬉しいの?」
政宗は眉間をぎゅうと顰めて彼女を見下ろした。死んだはずの彼女が、もう会えないはずの彼女がそこに居る。
こんな事、あり得るわけがないのだ。天と地がひっくり返ったとしても、死んだ人間が、またこうして地に足を着け笑う事などないのだ。
政宗の頭の中はぐるぐると混乱していた。
「・・・・早く死ねよ」
「な!ひどいー!」
「はっきりしろよ。生きてるのか死んでるのかよー」
「死んだのにここに居るから困ってるんだってば」
「死んでも馬鹿なんだな」
「馬鹿馬鹿うるさいなー!私だって困ってるの!」
政宗は腕を組み、呆れた顔で壁に寄りかかった。そして大きなため息を吐く。
「私の状態っていわゆる幽霊でしょ?」
「だろうな・・・」
「早く極楽にいかなきゃ」
「・・・お前は地獄だろ」
「もう!」
彼女はフフ、と笑う。生きてるようにしか思えない。死んだのに。
でも、良かった。また会えて嬉しい。もしかしたら彼女は本当は生きてるんじゃないか?
政宗はニコニコ笑う彼女に腕を伸ばした。
「・・・・あ」
「あ」
しかし、触れる事など出来ずに彼の腕は彼女の肩を突き抜けた。
彼女は実態のない存在。触れることは出来ないのだ。政宗の腕は空を切っただけだった。
「あ、はは・・やっぱり私死んだんだね・・」
「・・・・・・・・・」
「政宗様」
政宗はまた腕を組むと、下に顔を俯けた。前髪が影を作り彼の表情は隠れる。
「私どうしようか・・供養した方がいいよね」
「・・・・・・・」
「政宗様、私を供養して」
「・・・・・・」
「?ねぇ」
彼女は彼の顔を覗き込んだ。するとポタリ、と水が彼女を突き抜けた。
「なんで死んだんだよ」
政宗は鼻をスンと啜る。彼は小さく震える唇を噛み締めていた。嗚咽をこらえて息が熱くなる。
「!・・・・政宗様」
「なんで死んだんだ・・」
自分でも驚くほど涙がボタボタ落ちる。
「・・・ごめんねっ」
彼女は慌てて政宗の首に腕を回した。勿論、彼女も彼に触れない。ただ、形だけでもと、彼女は彼の頭を抱きしめた。
「私、政宗様の側にずっといるから・・っ」
「・・・成仏する・・んだろ・・」
政宗の涙は止まる事を知らず、彼女の足元にボタボタと落ちる。
「ううん。いいのっ私、側に居る」
「・・・・・」
「側にいるからっ」
政宗は思う。やはり彼女は馬鹿だ。死んだくせにまだこの世に、自分の側にいると言う。
ああ、馬鹿だ。
そして良かった。と思いながら、存在感が無い彼女の胸で目を閉じた。
081130