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▼ 注意一秒、水没一瞬

『あの、私道に迷っちゃったみたいで』

『佐伯瑛、一年。名前についての感想はなし』

入学式。この学校で、あいつの初めての知り合いは俺だった。俺が一番だった。
だから、あいつの事初めて知ったのは俺だ。
不思議な縁でバイトもクラスも3年間一緒。もうこれは、あいつも俺を好きだろう。ただならぬ縁を感じるだろう。
だって、俺はあいつの一番だったから。

―キーンコーン・・・

校舎に授業が全て終わった事を告げる鐘が鳴る。
テストが終わり、答案返却も終わり。今日からまた、生徒達は部活やらバイトやらに精を出す。
背中にポンと、軽く手を置かれた。その柔らかさと、小ささと、温い暖かさ。
俺の体中のセンサーが反応して、その一点に全てが集中する。彼女の感触を一つも見落とさないように、一つも溢さない様に。

「佐伯君」

「・・・んだよ」

そっけない投げ捨てるような返事。ああ、俺のバカ!つい言葉に棘が出てしまう。もし、これが彼女じゃなかったら俺は何時も通りの「佐伯君」を演じるのに。
なんでこいつの前では、こんな風にしか接する事が出来ないんだろう?

「えっと、今日ね。バイト休みたいんだ。マスターに言っておいて欲しいんだけど・・・」

「・・・めんどくせえなー。自分で電話しろよ」

「だって!」

「はあ」

本当は、何で?何で休むワケ?なんかあんのか?それが聞きたいのに、口から出るのは声ではなく、本心を隠した酷い溜息。
名前は申し訳なさそうにヘラヘラと笑うだけ。なんか、むかつくんだよな。その顔。

「えへ、実は先週のテスト・・・赤点がありまして」

「補習かよ」

「う、うん」

「うそだろー信じらんない。テスト勉強手伝ってやったじゃん」

「あ、あは!公式ド忘れしちゃって!」

「・・・・ホント、ばか」

ごめんねと笑う名前に、ただただ腹が立つ。俺は知ってるんだ、お前が公式を忘れた理由。

「来週は補習ないからちゃんと行くよ」

「・・・・・」

「そ、それに次のテストは赤点取らないように頑張るからっ」

「次赤点取ったら勉強教えてやらないからな!」

「佐伯く〜ん」

「っく」

あんな奴のどこがいいんだ?お前の趣味を疑うよ。あんな無愛想で無口で、筋肉馬鹿で、・・・そんな奴より俺の方がいいに決まってるじゃないか。
女の扱いにはなれてる。お前が喜ぶような事、なんだってしてやれる。

「じゃあ、私補習行くから!」

これから補習だと言うのに、名前はやけに上機嫌。・・・その態度がさらに俺の気分を低く泳がせる。
喉の奥にぐにゃぐにゃと湧く苦い感情。吐き出してしまったら、自分も彼女も深く傷付くだろう。
悔しい、悔しい、悔しい!

「ばいばい、佐伯君」

「転べばいいのに」

「あ!なによう!」

「ふん」

何故、俺を選んでくれなかったのか。
上を見上げて空を仰ぐと、晴れた空に掠れた白い雲が浮かんでいる。その空に向かって白い球が吸い込まれていった。校庭にホームランの音が響く。
名前と顔だけは知っている野球部の男、彼は補習の常連だ。そして公式を忘れて補習を受けに行くあいつ。
とうとうあいつは行動に出てしまった。今まで通りに、片想いの女の子やってればよかったのに。そうすれば、時間をかけてあいつを振り向かせる事、出来たかも知れない。

(あいつが公式を忘れた理由)

今日、あの二人に何かが起こるかも。そう思うと、ぎりぎりと心臓が痛んで苦しいのだ。俺にはどうする事も出来ないのか?
この学校の奴らの中で、初めて彼女を知ったのは俺なのに、途中から出てきたあの男は颯爽と彼女の心を攫って行ってしまった。
俺に足りないのは何だ?

濁った溜息は空気に混じった。
090604
サンプリングガールの続きでもいいし別物でもいいし。