何となく急に思い立って、家を出たのは日ももうじき落ちるという頃だった。 あんなに空気を照らしていた太陽も、傾くにつれて、だんだん増えてきた雲に阻まれ、今ではすっかりなりをひそめている。 このところ、夕方に感じる風は少し冷たい。 Tシャツにショートパンツ。年頃の女の子には思えない簡易な服装だけど、…まぁ、いいや。気にしないことにした。どうせ、もう家は出てしまったんだし。それに私は…いいんだ、別に。 目的地はここ、キキョウシティから徒歩20分くらい。たぶんこの時間、向こうは同年代がいないはず…だった。だからこんなかっこでいいと思ったのに。 「すみません…。エンジュシティってどっちですか?」 なぜ、私に聞く?まわりにいくらでも、聞けそうな人がいるでしょう!ほらそこにいる男の人なんて、一日中ここにいるのに。 エンジュシティ、コガネシティ、そしてキキョウシティへつづく三路が交差した36番道路で見知らぬ同年代の男の子に尋ねられ、私は驚きと戸惑いで混乱した。 「……え、と」 「あ、すみません。知りませんか?」 「いや、知ってるけど」 混乱が落ち着いてきたとたんに思わずスパッと応えてしまってはっとする。初対面の人に使う口調じゃなかった!いつも男子にはこういう口調だったから、つい…。だから会いたくなかったのに。 そんな私の失礼な態度にもかかわらず、目の前の、見るからに旅人の男の子は、特徴的な黒と金の帽子の下で笑った。 「もしよかったら、教えてくれない?」 それは明らかなタメの口調で、許してくれたんだという優しさを感じさせる声だった。 そうと分かったとたん、すごく安心した自分に気づいて、どうしようもなく恥ずかしくなった。 「……ちょうど」 「え?」 「ちょうど、私も行くところだったから」 「…これから?」 「うん」 こっくりうなずく。一旦感じてしまった恥ずかしさはなかなか拭えない。拭えないから、さっさと私は歩きだす。つくづく、…自分でも可愛らしさに欠けてる、と思う。 ふつう女の子なら、顔を赤らめて恥ずかしがってみたりだとか、はにかんでみたりだとか。でも柄じゃないのも分かってる。だからTシャツジーパンが、きっと一番私らしい。 「とりあえず、着いてきて」 歩きだしざまに言った言葉に、彼は素直に従った。 ……今さらだけど、横に並んで歩きだす彼を見て、整った顔立ちをしてるなぁなんて思ってしまった。キキョウで女の子たちに人気なかのジムリーダーさんにも負けないのでは…? あぁ、だからか。男子はみんな友達なはずの私が、こんなに、…自分の服装を悔いてるのは。 ミニスカートや、ふんわりしたチュニック。そんなものが似合わないのは分かってるけど、さすがに簡易なTシャツにショートパンツは、さしもの私でもいつもは部屋着としてしか着ないから。 「……きみさ、」 しばらく続いた沈黙は、意外にも向こうによって破られた。ぐるぐると悔いてた私は、ワンテンポ遅れて返事をする。…それがおかしかったのか、彼は口元にすこし、笑みを浮かべた。端正な顔が急に可愛らしくなる。不思議だ。何でこんなに。 「、え、なに?」 「キキョウシティに住んでるの?」 「…うん、まぁ」 「エンジュにはよく行くの?」 「まぁ、しばしば」 「エンジュは一年中紅葉が見られるって聞いたんだけど」 彼が本当?と続ける前に、私たちはエンジュの街に足を踏み入れていた。 きれいに敷き詰められた石畳に一瞬気を取られたらしい彼が足を止めたから、私と彼の間は必然的に開く。 向こうがそれに気づく間に、私は振り返っていた。 「じゃあ、私、用があるからこれで…」 本当は、彼が尋ねかけたそれこそが私の目的だったりするんだけど、それを教えないのは、旅のトレーナーさんにはひとつだけ忠告があったから。 「エンジュシティって観光地として有名だから、ポケモンセンターに宿取るつもりなら、早くした方がいいよ」 驚いたみたいに目を見開いた男の子に、じゃね、と手を振って、私は歩きだした。 こんな男の子と話すのなんてきっと数奇なことだったから、良い経験だった。 …だけど、たかが道案内で調子にのりそうな自分がいて。 ばかじゃないの、Tシャツ女なのに、私は。 思ってふっと自嘲した。分かってる。なのに何でこんなに、……何で、なんて、それも分かってるから自嘲してるんだけど。まさかTシャツ女が……一目惚れなんてね。 ばかみたい。 すずの塔は相変わらず厳かにそびえ立っていて、まわりのもみじは燃えるよう。それなのに、その前に立ちはだかる関所が、遠く私をそこから阻んでいる。 いつも、こうしてそとからその色づいた炎を見るだけ。 思ったらなんだか泣けてきた。…みっともない。やっぱり帰ろう。来るんじゃなかった。きびすを返したとき、だった。 「…ちょっと、まった!」 急にがしりと腕をつかまれて、危うく叫びそうになった。叫ばなかったのは、まだかろうじて長い日が、その人の顔をはっきりさせていたからで、もし完全に日没してたら、だれだか分からなくて確実に叫んでた。 息を切らしたさっきの男の子の姿を目にしたとたんに、心臓がぎゅっとなったのを、…可愛くない私は認めたくない。 「え……!?」 「よかった、間に合ったみたいだね」 「あの、ポケモンセンターはあっちですよ?」 「うん。ポケモンは預けてきたし、予約もしてきたんだ。きみのおかげだよ、ありがとう」 そう言ってまた子供みたいに笑うから、苦しかった気持ちがさらに苦しくなった。苦しいのに嬉しいなんて、矛盾してる。 「じゃ、どうして」 「だってきみの名前、聞いてなかったし」 「名前?」 「それに、お礼も言ってなかったし」 「…そんなことのために?」 拍子抜けしたついでについつい本音が出てしまって、またしてもはっとした私は思わず口を覆う。 それを見た彼は、怒るどころかまたおかしそうに笑った。 「でも、急いだ一番の理由は、紅葉、一緒に見たかったからだよ」 「! なんで知って…」 「女の子が、キキョウシティからエンジュシティにしばしば行くなんて、他に理由がないし」 ね?と彼が得意げに聞くから、私は私の心音を、認めざるをえなくなった。 鈴の音が聞こえる (あと、ポケギアの番号も)(…ナンパ行為だって、分かって言ってる?)(大丈夫、ポケモンバトルも後でするから)(そういう問題じゃない…) |