ダイゴ先輩はのらりくらりと話をすすめる。自分の好きなように、会話を持っていく。あれはもはや「会話」じゃなくて、独りよがりの「話」だ。 生まれて初めて男の子から「可愛い」と言ってもらえて、私は舞い上がるよりも一気に冷めた。 『……』 『なんで仏頂面に戻っちゃうの』 『失礼ですよ。それに私はナンパ男が大嫌いです』 『はっきり言うね。じゃあ絶対にきみの男子恐怖症を治してみせるよ。僕限定で、だけどね』 『大変失礼ですが、あなた頭と耳、大丈夫ですか。私は男子恐怖症じゃありません』 『ああ、名前?僕はツワブキダイゴ、二年生だ。きみは?』 『人の話を聞いてるんですか』 『なまえちゃんか、よろしくね』 『勝手にロッカーで名前確かめないでください。それに下の名前なんて、私は許可してません』 『じゃあ僕もダイゴでいいからさ』 『謹んで遠慮します』 物凄い苦手なタイプだ。顔はきれいなのに。スタイルも抜群なのに。なんて残念な人なんだ。そう思った。 それから今まで、毎日毎日、懲りもせずに教室にやってくる先輩にうんざりしていた。言葉の応酬をするうちに、いつの間にか毒舌になってしまった。 人の性格も歪めるなんて、最低だ!と思っていた……の、に。 「今日来ないね」 ハルカに言われてどきりとした。ぼーっと見ていた教室の入り口からそちらに目を向ければ、ハルカは両肘で頬杖をつきながら、同じように出入口を見ていた。 それから何も答えない私に目を戻して、尋ねる。探るようでいて、何の感情も浮かばないような深い瞳で。 「ダイゴ先輩だよ。毎日、なまえに会いに来てたのにね」 「……かっ、風邪でもひいたんじゃない?とりあえず今日は平穏ってことでしょ。せいせいする」 「なまえ。本当にそう思ってる?」 動揺を悟られまいとする私の言葉を、ハルカは静かに、けれどはっきりと遮った。真剣な瞳に、何も言えなくなって私は黙る。 本日最後の授業を告げるチャイムが、やけに遠くに聞こえた。 何やってるんだろう私は。ハルカはチャイムの音で自分の席に戻ってしまったけど、私は集中できずにいた。 ハルカは何も言わなかったけど、重要なことはすべて、その目がきちんと語っていた。 そのときは、ダイゴ先輩の様子を見に行こう、素直にそう思えた。 …だから怖いんだ、素直になることは。裏切られるから。 終礼を終えた後、ひとつ上の階へ訪れたハルカと私が見たのは、何食わぬ顔で終礼を受けるダイゴ先輩の姿だった。 私はその銀の髪をしばらく見て、それから踵を返した。 「なまえ」 「ハルカ、行こ」 「なまえ…」 「いいんだ、むしろ風邪じゃなくてよかったよ」 「……なまえ、もしかして」 「………そう、最初から私は嘘つきなんだ。いいんだ別に。分かってたことだし…」 ハルカが引っ張る腕を、逆に引っ張って階段を下り始めると、急にハルカは前に出た。 「なまえ!!良くないくせに」 「……」 「目を反らさないで。私を見てもう一度同じことを、もういいんだと言える?言えないくせに、自分に嘘を吐いて何が変わるの」 「……いいの。私は素直にはなれないし、だから幸せにもなれない」 私はハルカを見た。階段を降りている状態だったため、彼女の顔は下にあった。その憤慨したような顔を見て、私は繰り返した。 「いいの」 ハルカは一瞬、激昂したように見えた。けどそれはほんの一瞬で、次の瞬間には肩を落とした。 「………なまえの、ばか」 まるで自分のことのように、彼女はぽつりとつぶやいた。とたんに私の目から涙が零れおちた。 裏切りの恋 (分かっていた)(いつかこうなることも)(全部、全部、) Thanks;rim |