悩みも何もないカップルっていうのは、ほんっとうにくだらない話で笑ったり、からかいあったり、とにかく話題ってものを探すなんて苦労をしないみたい。 ばったり出くわした友達カップルになぜかついていくはめになった私は、ちょうど手近なお店に置いてあった招きねこを主題に、くだらない、それこそ本っ当にどうでもいいバトルを繰り広げているふたりを眺めてそう思った。 「絶対おまえに似てるって」 「えぇ、ひどい!そんなこと言ったらあんたはたぬきの信楽川焼きでしょー!」 「そんなたぬきがすきな招きねこは、どこのどいつだよ?」 仲がいいのはいいことだし、彼らのことが私はだいすきだ。心の底から応援している。…だけど、今の私にはそれを微笑ましく見守るだけの余裕がなかった。 「ご…めん、私、帰るね。用事あったの忘れてて」 そっか、無理やりつき合わせて悪かったな、と口々に言う彼らに笑顔で手を振って、逃げるように小走りでそこを後にした。 さっきまで繰り広げていた、グリーンとの応酬を思い出した。ささいなことで笑って、爆笑して。そしてささいなことでケンカした。 ケンカして逃げてきた商店街でグリーンを撒いて、そうして彼らに会って。 グリーンはまだ私を探してくれてるかな?…ううん、やっぱりあり得ない。だってあのオレ様のグリーンだから、絶対、私なんかに謝ったりしない。 今ごろ憤慨しながらお家に戻って、ナナミさんにでも愚痴をぶちまけながら紅茶でも優雅に楽しんでるんだろうな。 うっかりそんな自虐的なことを考えて、泣きそうになった。 だってオレ様で、さっきまではめちゃくちゃくだらないことでめちゃくちゃ怒ってたグリーンが、私の、私の家の門の前なんかにいる幻覚が見えるんだもん。 ああ私、本当にグリーンがすきなんだ。 「……遅ぇ」 「ご、ごめん」 目が合ったとたんに、私はあわてて目を逸らした。怖くて、見れなかった。きらいとか、話があるとか言われたらもう、生きていけない。 端から見ればささいなケンカ。でも私たちにとって、初めてのケンカだった。 「なまえ」 「……」 「無視すんな」 「……グリーン、」 「大体、商店街なんかに逃げ込むなよ。見つけられるわけねーだろ、あんなとこで」 バカヤロー、とグリーンは吐き捨てるように言うから、ぐさりときた。 こんなグリーンは、幻じゃない、本物でしかあり得ない。じゃあなんで、どうして? 「…なんでグリーンは、私の家の前にいるの」 「そんなもん、」 「貶すため、怒るため?そんななら来なくたってよかったよ」 口走っちゃいけないと思いつつも引っ込みがつかなくて、私はついに禁句を口にした。グリーンが絶句する。 絶句したその表情を見て、ああ終わったと思った。グリーンは許してくれないだろう。付き合うってこと自体が夢みたいだった、プライドが高くて、オレ様で、だけど時折見せる優しさがたまらなくあったかい人は。 「…ほんと、なまえってバカだよな」 グリーンは、小さなため息をついた。こんな女、今までいなかったぜ、なんてわざわざ言うから私はさらにうつむく。 「意地っ張りだし、ひとの話は聞かねーし、そのくせいらねー気だけは回るし」 そんなふうに思ってるならどうして私と付き合うなんて気まぐれを起こしたの。どうしてそうやって、わざわざ傷つけるの。 泣きたくないのに、じんわりと見つめた靴先が歪む。グリーンが距離を詰めることはなく、私の家の門は彼の後ろにある。 「お前さ、オレの彼女なんだからもう少し堂々としてろよ。自信持て」 「……っ、…え?」 ぎゅ、と握った手を、1拍の間に解いた私は思わず顔を上げた。 「なんで、デート中に女の集団に押し寄せられたからってお前が逃げるんだよ?」 「え、だって」 「だっても何もねーよ。なまえはあん中で胸張ってりゃいいんだって」 相変わらず私の家の門を背負ったグリーンが、ちょっと困ったみたいな顔をして、私を見ていた。口元には笑み。それのコントラストが大人みたいだ。 「なんでここにいるのかなんて、決まってんだろ。バカなまえ」 次は堂々としてろよ、と釘を刺しながら、グリーンはようやく私に触れる距離までやってきた。ぽん、と頭に手を置かれ、いつもみたいに…髪をぐしゃぐしゃにするように、かき回される。 ゆるみそうな涙腺をぐっと押さえ、私はグリーンを見上げた。 「…意外、」 「ん?」 「本当に本物のグリーン?」 「当たり前だろ。どっか打ったのかよ?」 「だって、グリーンだったらもっとこう…オレ様で、意地悪で」 「お前な……それを言うならオレのほうこそ思ったぜ?なまえって意外と頑固で意地っ張りなんだな」 「なっ!?」 にやにやと笑いながら言うグリーンはやっぱり意地悪でオレ様で、でも 「ま、いいんじゃねーの?そういう一面も、知れたんだからさ。お互いに」 やっぱり、優しいひとだった。 101120 |