novel | ナノ

デボンコーポレーションの副社長はチャンピオンを兼任していることを抜きにしたって、初めっからなにもかも、私の想像や予測を上回る行動を起こす男だった。あるときは重要な取引の会議だというのに連絡がつかないほどの山奥へ行ってしまっていたり、またあるときは社長のみならず会長の目までをも盗んで、ちいさな洞窟の奥地へポケモンの修行に行ってしまったり。そのたびにそのはた迷惑な副社長を呼び戻すのは私の役割で、私はいつもかなり…相当、血が逆流するほどの思いをしながらデボンの年若い、期待の星である副社長を探しに行く。

そう、いつだって、探しに行けと言われたときはあたまにきているはずなんだ。なんで私が、って。


「副社長!」
「やあ、きみか。今日はどうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもありません。今日は株主会議があるって昨日申し上げたはずでしょう?こんなへんぴで陰鬱な場所で、なにをのんきに石探しなんて馬鹿なまねしてるんですか!」
「いや、今回は石探しじゃないよ。僕のココドラが朝から腹ぺこだったみたいで、副社長室のデスクの足を食いちぎろうとするものだから」


副社長…ダイゴさんは私がまくしたてた、ぎりぎりかつたくさんの罵詈雑言をものともせずに微笑んだ。ムロタウンの石の洞窟、最奥部のちいさな小部屋に座りこんだダイゴさんの肩越しには、たしかに一心不乱に岩にかじりつく銀色がある。

ぱっと見にもわかる高級なスーツを気にもとめずに泥だらけの地面に座することができる神経にあきれるのももう疲れ、私は見あげてくるそのひとみの無邪気さに思わずため息をついてしまう。ツワブキダイゴというひとは、そういうひとだった。デボンコーポレーション副社長であり、ホウエンリーグチャンピオンであるにもかかわらず、ダイゴさんの笑顔には私の怒りを浄化する何かが確実に含まれているようで。


「さすがに特注品のあれを食べられたら困るじゃないか」
「それは…、そうですけど。でも会議が」
「もちろん、それだって覚えてるよ。まだ時間があるからここに来たんだ」
「……え?」


すっとたちあがり、良家のお坊ちゃんだとは思えないほどナチュラルにスーツのおしりをぱんぱんとはたいたダイゴさんのあたまは、あっという間に私よりぐんっと高い位置へ移動していってしまう。

立ち上がりざまに静かに添えられたことばはとうてい信じられなくて、私は耳を疑った。これは聞いた話だけれど、たしか今までいろんな秘書をつけたにも関わらず改善されない副社長の聞き流しぐせにとうとうさじを投げた社長が、私みたいなただの平社員にダイゴさんの世話係を申しつけたはずで…。

そして初めてダイゴさんの「お迎え」に行くことになった日に、そのうわさ話が確かだと悟ったはずで…。


「昨日、きみに散々に言われたからね。耳にたこができるくらい」
「そ…、そんなに言った覚えはありませんけど」
「さて、じゃあ優秀な僕の秘書さん。今日は何の日かな?」


言っておくけれど株主会議の日っていうのはこの場合正解じゃないからね、と念を押してくるダイゴさんの笑顔に抗いがたいちからを感じたのは、ダイゴさんが副社長だからなのか、チャンピオンだからなのか、それともダイゴさんだからなのか…。

私はダイゴさんの秘書でもなければ、あちこち好き勝手やってるくせにいざとなったらてきぱきと仕事を遂行してしまう副社長にほめられるほど優秀でもない。ただのデボンの一社員。

それなのに、にっこりととびきりの微笑みを浮かべたダイゴさんにそんな風に言われたら、否定のことばよりも先に心臓がどくんっと勝手にとびはねてしまった。


「……まさか、ハロウィンだなんて言い出したりしませんよね?」
「ご名答」


悔しさ半分の情けない私の反撃に、意外にもダイゴさんはちょっとびっくりしたみたいに目を見ひらいた。もしかしなくても、私はダイゴさんの行動を読めた試しがないかもしれない。

時計の針は、デボン本社のいちばん眺めのいい会議室でひらかれる会合まであと一時間を告げている。


「ダイゴさん…、もうすぐ株主総会なんですよ」
「うん。だけど、たまにはこういうのもいいと思わないかい?」
「ハロウィンは子どものお祭りです」
「だったらきみの前ではなおさらだよ」


ほら、手を出して。

うす暗い洞窟のいちばん奥で、私たちは何をやっているんだろう。冷静に考えればそうなんだけれど、このちいさな明かりが照らすズバットの飛び交う場所で、唯一たしかなひかりを灯すひとみを信じてみたいなんて…、ガラにもなく思う私もまだまだ、大人ぶっているだけなのかもしれない。
Happy Halloween!
女神/101101
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