novel | ナノ

完璧なひとは嫌だと思ってた。

顔よし、スタイルよし、忍術はすべてパーフェクトで人望も厚い。そんなひとのとなりにいると、ただでさえネガティブな私の思考回路が大暴走してしまって、私ですら収拾がつかなくなる。こんな性格にすきでなったわけじゃないし治したいけど、すきでなったわけじゃないから治しかたもわからない。

そんなわけで、私はとんでもないネガティブ思考を抱えつつ、まわりにふしぎだと言われつつ、恋人には安心できるひとをコンセプトに選んできた。いっしょにいて安らげて、なんの気もつかわずにいられるひと。

それで困ったことなんて、今まで一度だってなかった。完璧なひとは恋人にしたくないし、どんなに格好いいってさわがれるひとにも、一度だって恋なんてしなかった。

それが…ここに来て崩されるなんて。とんでもなく予想外すぎて、冷静なこころがついていけない。

上忍なはずの私たちになぜか回ってきたBランクの任務、大名の護衛の真っ最中。お昼ごろ里を出たのに、あたりはもうすっかり暗くなっている。

木の上から隠密に護衛をつづけながらぼんやりしてしまっていた私の目の前に、彼はとつぜん現れた。


「なまえ」
「ミナトっ!だから、とつぜん出てくるのやめ」
「しっ、そんなに大きな声出したらばれちゃうよ」


ぎょっとした私の怒鳴り声は、あたりに響く前にのびてきたおおきな手のひらにがぽりと呑みこまれる。

ゆれる金髪が目の前にあることに、心臓がはねあがった。おもわず息をとめたら、それに気づいたミナトは勘違いしたらしく手のひらを外してくれて、ようやくすこし距離をおいてくれ…なかった。

ここがせまい木の上だってこと、ついうっかり忘れるところだった。ミナトは自然に私のせなかを幹につけ、自分は私の顔の両側に手をついて、精一杯こちらに寄りそっている。

こうしないと落ちそうなくらい不安定なのはたしかだし、任務前にメンバー顔合わせをしたとき、念のためってメンバー全員にミナトの瞬身の印をいれたのも事実。事実、なんだけど…!!


「さっき隊長から連絡があってね、今日中にたどり着くのは無理だそうだ」
「そ…そうなんだ」
「うん。だから今日は、もう少し先で野宿する」
「ん…、わかった」


連絡ありがと。

20cmとはなれていない場所にあるきれいな顔、さらさらの金の髪、抱きしめられているような体制。うん、いまのドキドキはきっとこのせいだ。顔合わせのときに感じた鼓動だってきっと気のせいだ。

そう言い聞かせるのに必死になりながら、青くて涼やかなひとみを見れなくて顔をそむけたままお礼をことばにのせた。

これではなれてくれる、…はずだったのに。ミナトは、いなくなりもしなければ、やっぱりはなれてくれもしなかった。


「……あと、さ」
「ん…なに?」
「なまえって俺のこときらい…だったりするかな」


任務のはなしじゃない、思いがけないことばにびっくりして顔をあげた。

あげて、後悔した。かち合ったひとみは吸い込まれそうなくらい真剣で、目をそらせなくなってしまったから。


「…どうして、」
「この前から一度も目をあわせてくれてないよね」


……ああ、これだから完璧なひとはいやなのに。

ミナトはするどかった。あかるい春の空色をしたひとみにうそは通用しないのが見てとれる。だからといってそらせもしないんだ…あまりに、格好いい、から。


「……ずるいよ、ミナト」
「なんでもいいよ。きみが答えてくれるなら」
「やだよ、言いたくない」


だって私は、ミナトみたいなタイプがいちばんきらいだったはずで。だから、きらいなのか、って聞かれたら迷わずにうなずけたはずだった。

それ、なのに…それなのに!さっき打ち消したばかりのきもちが、自覚したとたんにどんどんふくらむのがわかって、それが私の視線をうつむかせようとする。

だけど今度はミナトにはばまれた。するりとやさしく、けれど有無を言わせないちからでほおを支えられ、上向かされて泣きそうになった。


「うつむかないで、ちゃんと俺の目を見て」
「……っ、無理だよ!」
「どうして?」
「だって、……ミナトだから」


うそではない本音がぽろりとこぼれたのは、ひとみからだったのか、くちびるからだったのか。

ちょっとだけ間があいて、それからミナトはくすくすと笑いだした。もちろんうれしくはないから、なにがおかしいのと、数十センチもはなれていないきれいな顔をにらむ。

とくん、とくんと鳴る心臓はようやく状況慣れしてきて落ち着いたところだったのに、また急激にあがることになってしまったのは、彼が今までのひととはかけ離れていたからかもしれない。


「ごめん。なまえがかわいいから、つい」
「は、かわいい…!?」
「やっと自分から俺の目、見たね」


どこから仕掛けられていたのかわからないけど、罠にかかったうさぎ状態なのはなんとなくわかった。うれしそうに細められた青いひとみは月影にかげり、金髪は木漏れ日のような月あかりにきらめいている。ミナトはいつのまにか、月を背負っている。

きっともうすぐ、野宿できそうな場所につくんだろうけど、私の心臓、持つかな…。不安にならざるをえない。
110813
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