novel | ナノ

「いらっしゃい、なまえちゃん。もしかしてヒトカゲちゃんを探しにきてくれたの?」


だったらごめんなさい、とユウコさんが困ったような笑顔で謝るから、私はあわててぶんぶんと両手をふった。

なんでも、トオイくんのおつかいをしにやってきたプラスルマイナンとヒトカゲに、ユウコさんはお茶とお菓子をだしてくださって、ポケモンたちは3匹とも、それに夢中になってしまったらしい。

トオイくんは、未だリビングテーブルで時間はずれのお茶会をひらいている3匹になにか言っている。私はとにかく、ユウコさんにあたまをさげることでいっぱいいっぱいだった。


「本当に、お世話になりました」
「そんなにかしこまらないで?」
「でも…」


たぶん「裏道」を抜けてきた3匹、とくにプラスルとマイナンにくらべて身体のおおきなヒトカゲは、その「裏道」を通るたびにいつもすすだらけになる。

きっと「裏道」っていうくらいだから狭い道なんだろうけど、あのすすをつけた身体で家にあげるわけにもいかないから、ユウコさんはきれいに拭いてくださったはず。そのうえお茶とお菓子だなんて…申しわけなさすぎて、あたまを下げるくらいしか思いつかない。

しぶる私を見て、ユウコさんはなにやら楽しそうにふふっと笑った。


「私はなまえちゃんが思っているほど正しい訳じゃないから、心配しないでほしいんだけれど」
「…どういう意味ですか?」
「もちろん、平気で正しくないようなことを言ったりもするってこと」


大人ってそういう生きものなの、といたずらに浮かべた笑みがおどろくほどきれいで、だけど言われたことはあまりにユウコさんらしくないことばだった。

つまり、だますってこと?ユウコさんが…だれを…?

わけがわからなくて、あたまを下げるのも忘れてぽかんとしてしまった私を、ユウコさんは可愛い、とか言ってすごくよろこぶものだからとまどって、そして恥ずかしくてさらにわけがわからなくなる。


「なまえ」
「え、あ、はい!」


とつぜんの呼びかけに思わず敬語で返事をしてしまった私を、当の本人トオイくんはふしぎそうに見やりながら、けれど深くつっこんだりはせずにことばを続けた。


「そろそろ暗くなってくるし、送るから帰ろう」
「かげー!」
「うん、ヒトカゲもね」


元気よくぼくも!と手をあげたヒトカゲに、トオイくんはにっこり笑いかけてあたまを撫でてあげてくれている。

そのようすを、私のとなりでユウコさんがとてもいとおしそうに見つめている。ユウコさんは、ポケモン嫌いだったころのトオイくんをリアルタイムで知っている……私はトオイくんからも、ロンド博士からもはなしを聞いたけれど、本当の幼いトオイくんに会ったわけじゃない。

ちがいが出るのは、当然といえば当然だった。トオイくんは過去も今も、これからだってトオイくんだけれど、「私の知っている」トオイくんは出会ってからこれまでの一部と、そしてこれからだけだから。


「ごめんね、…そしてありがとう、なまえちゃん。私はあなたにとても感謝しているし、大切におもってる。トオイくんと同じくらいにね」


そのことばどおり、ユウコさんは私をも同じ目で見つめてくれた。

じんわりと、こころに暖かな何かがともる。ユウコさんのごめんねがわからなかったけれど、それでも信じられると思えた。
110717
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