novel | ナノ

温室のなかは熱気がこもるものだと思っていたけれど、間違いだったみたい。

元気よく生い茂る植物が日差しをさえぎり、透明なガラスはきらきらと明るいにもかかわらず、心地よい温度を保ってくれている。

水が囲うように流れるここは、それが特に感じられる場所だった。


「…なまえ、こんなところにいたんだ」


木々の間から音もなくとつぜん現れたトオイくんに最初のうちはよくびっくりしたけれど、今ではもうすっかり慣れっこになった。私はひらいていた本を閉じて、近くまでやってきたトオイくんを見あげる。

木漏れ日の角度でかげりを帯びた薄氷のひとみが、微笑んだ私を映してにこっと笑った。


「…休憩時間なの?」
「まあ、そんなところかな」


お昼を終えてからかれこれ5時間ほど、トオイくんは研究室で論文を読んだり情報収集に熱中していたから、私はじゃまにならないように温室にでてきた。

退屈だからポケモンたちと遊ぼうと思ったら、どこを探してもいないし…。こういうことは今までも度々あって、きちんと帰ってくるからとがめるつもりもないし、心配もしてないけれど。

トオイくんは私のとなりに腰をおろして、ぐんっと伸びをした。太陽をつかむようで羨ましくて、思わず私もまねをして片手をのばす。

きゅ、と伸ばした手でつかまれてしまった。


「きみのヒトカゲは?」
「う…ん、わからないけどたぶん、プラスルたちといっしょに出かけてるんじゃないかな…」
「探しに行かない?」


おもわぬ誘いにどくん、と心臓がうごいた。

つないだまま伸ばされていた手が、つないだまますとんと私たちの間におちる。トオイくんが何を考えているのか知りたくてとなりを向いたら、思いの外ちかくにあわい色の前髪があって、おどろく間もなく、やわらかくくちびるが重なった。ふれるだけのキスは限りなくやさしい。


「…ダメかな」


ダメなわけがない。私だって本心をいえば、トオイくんが研究にかかりっきりで寂しかったんだから。

すこしだけ離れた先でささやくようにダメ押ししてくるトオイくんが見れなくて、私は視線を落としたままちょっと拗ねた。トオイくんって、ずるすぎると思う。


「ヒトカゲに、用事があるの?」
「というよりも、おつかいを頼んだんだ」
「えっ!?」


そんなの知らない。いつの間に?

ぱっと身を退いてトオイくんをよく見ようとしたんだけど、手をつないでいたからそんなには離れられなかった。ぴんっと糸が張るようにとまった私を見て、トオイくんが笑う。
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