ツナはダメツナじゃない。私は一度も、ツナがダメに見えたことなんてなかった。 「成績は?」 「私が上」 「身長は?」 「今はツナ」 「じゃ、運動神経は?」 「時と場合による」 「何それ」 放課後、高校の近くのカフェで私は花(初対面のとき、ちゃん付けで呼んだら嫌がられた)とはなしていた。 高校に入って早三ヶ月がすぎて、花はもともと大人っぽかったせいか、あっという間に落ち着いた雰囲気をまとっていた。カップのストレートブレンドティーには砂糖をすこしもいれないで、香を楽しむようにすすってる。 私はシュガースティックを一本だけ入れたストロベリーハーブティーをふうふうとすすりながら、そんな花を尊敬した。 花は中1のころからかなり成績が良かったから、今はこのへんじゃ有名なトップ校に通ってる。だけど京子ちゃんはもちろん、つながりで仲良くなった私とも、こうして時間をとってはなしをしてくれる。 ツナのことは、なんとなくやっぱり私と京子ちゃんじゃ話しづらくて、花に相談していた。 たぶんお互いになんだろうことは私も京子ちゃんも気づいていて、けど花はどちらのはなしも親身になって聞いてくれるから、私たちはずっと、花に甘えっぱなし。 間に挟まれた花がいちばんつらいかもしれないと分かっているけど、他に相談できるひともいなかった。 「ちょっと待ってよ。じゃあなまえ、あんたまさか高校、ダメツナに合わせたの!?」 「え……」 おもってもみないことを言われ、私はぎくりと身をすくませた。 「そんなことないよ?近かったから選んだだけだし…それに花、ツナはダメじゃないよ」 「……無意識なのね?なまえ」 私の抗議は完璧なまでにスルーして、花はため息とともに私に尋ねてきた。こうなった花の質問は誤魔化せないことを、私は知っている。 どうして花にはいつもこう、ばれてしまうんだろう…私は視線を落とした。 別にツナを追ってきたつもりはなかった。ただいつもいっしょにいたから、いるのがあたりまえだったから、私はツナのとなりじゃないと私でなくなる気がしてたから。 「……それなのに私、自分の気持ちに気づいてなかったなんて今になればばかみたいだね」 「自覚してからが恋なのよ」 「自覚してから…?」 「そう。自覚する前は種まきでしかないんだからね。発芽するのは自覚してからよ」 花の紅茶は順調に減っていく。私は手もとの紅茶からたちのぼる湯気を見つめた。 くすっ、と花が笑う。 「なまえ、京子よりは鋭いと思ってたけど似たようなもんね」 「え、京子ちゃんの天然さは神がかりだよ。私はそこまで鈍くないよ」 「あたしからすれば変わんないわよ」 花は笑いながらひらひらと手をふった。優美な曲線が宙に描かれ、すうっと消え去る。口をつけたカップの中身はもう残りわずかで、たぶん最後の一口になるだろう。 私もあわてて、冷めてちょうどぬるまった自分の紅茶を飲み干した。大人とはほど遠い、もったいない飲み方だと飲み干してから気がついた。 「でも、ま」 「?」 「なまえは自分で気付けたから、そこは京子より大人って言えるかもね」 私が飲み終えるのを見届けたあと、勘定書を持って席を立つ花はぽつりと言った。 *** ひとりで家路に向かうのは久しぶりだった。お互い帰宅部だったし、しめし合わせたわけじゃないけどクラスが離れたってちゃんと迎えに来てくれたし、迎えに行った。 始めのうちは、つきあってるんだと誤解もされていた。つきあってないと言うとみんなびっくりしたみたいだったけど、好きあっていたら逆に、ぜったい照れが出てしまうだろうに。 …もし、とありえないことを考えて、想像力が追いつかなくて打ち消した、そのとき。 「あ、なまえ」 「? …ツナ!?」 「黒川との話は終わった?」 「うん、でも…なんで?」 「なまえが来るかなーと思ってさ。オレたち帰るときいつもこの公園通るから」 「でも先帰っていいよって言ったのに」 「オレが待ちたかったんだ」 だからなまえは気にしないで、とツナはいつか見たおとなの顔で笑った。私にはわからない感情をふくんだ笑みに、心臓が痛い。不快感のともなわない、心地よいような痛み。 それが何なのか、私はもう知っているけど。 「行こうか」 「……うん…」 ツナが促すようにして、私たちは歩きはじめる。私の歩調に合わせてくれているのは知っていた。 少しひらいた合間がいつか近づくのかなんてわからないけど、長い間待っててくれたことがうれしくて、今はただ、それだけでよかった。 いっしょにかえろう (なんで待っててくれたのかな…少しは期待してもいいの…?ただの幼なじみのよしみ?) Thanks;逃避行 |