※幼稚園児 あたたかい雨が連日、窓をつたっていた。あの遠い雨の日、私は3日連続でツナと遊んでなくて、家に閉じこもり切りで、嫌気がさしていた。それでお母さんに秘密で、こっそり家を抜け出してツナに会いに行くことを思いついた。 雨傘、長靴、レインコート。 実を言えば長靴は好きじゃなかったんだけど、あの頃の私は雨の時はいつもこのみっつを身につけていたから、どうしても履かなきゃいけないと思ってた。 長靴は赤くて、レインコートは水色で、傘はオレンジ色だった。 オレンジ色の傘は大好きで、私はこっそりレインコートを着こみこっそり靴を履いて、大好きなオレンジ色の傘をドキドキする胸に抱きしめて玄関の扉を抜けた。 こうして、私の小さな冒険は始まった。 ツナの家までは、何度も送ってもらったことがあったからしっかり覚えてたし、不思議なことにその道は、雨に煙る視界の中で薄紅紫に光って見えた。私はそれをたどるだけでよかった。 私が家を出たとき、ちょうど雨が強まったから、道には誰もいなかった。雨の音以外は何もしない静まった街を、私は歌を歌いながらあるいた。オレンジ色の傘をくるくる回しながら、幼稚園で習った歌を片っ端から歌った。 当時はなんとなく歌ってたって感覚だったけど、今思えばたぶん、怖かったんだ。たどり着いたツナの家は明るい光がともっていて、ほっとした。 ドアを開けてくれたツナのお母さんは、びっくりした様子だったけれど、同時にとびきりあたたかい笑顔で私を迎え、そして言った。 「来てくれて嬉しいわ。ツナも寂しがってたのよ。でもね、お母さんに秘密で出てくるのはいけないことよなまえちゃん」 「でもツナと遊びたくて…」 「なまえ!?」 「あ、ツナ!!」 ツナのお母さんに温かく諭されてうつむきかけた私の視線の先に、びっくりした顔のツナが映って、諭されている最中なのに私はつい笑顔になった。ツナも嬉しそうに駆けてきた。 「なまえ、久しぶりだね!」 「ツナが来てくれないから私がこっそり来ちゃったよ」 「え、一人で来たの?」 「そうだよ」 「すごい!!なまえかっこいいね!」 幼い私たちはきゃっきゃと喜びあった。きっと久しぶりに会ったから。そして物心ついてから、旅行以外で久しぶりという感覚がなかったから、お互いに嬉しかったんだと思う。 止まらない私たちのおしゃべりに、ツナのお母さんは私を諭すのを諦めたみたいだった。今思えばたぶん、私のお母さんからあらかじめ連絡が行っていたのかもしれない。 「なまえちゃん、とにかく上がって、体を拭きましょう。そのままじゃいくら夏だからって冷えてしまうわよ」 ツナのお母さんに促され、私たちは手をつないだまま玄関を後にした。赤い長靴だけが濡れていたけど、誰も気にしなかった。 「雨の道きれいだよ。あのね、ツナの家までの道、光ってるの」 「光ってる?」 水色のレインコートを脱いで、体を拭いてもらって、お菓子も出してもらって。私はツナとお菓子を食べながら話していた。 私のことばにきょとんとするツナに、私は得意げに、少ない語彙なりに一生懸命説明した。 曖昧な笑みを返してきたツナは、わかってくれたか定かじゃなくて、私は悔しくてツナを引っ張って庭に出ようとした。 「やだよ、濡れちゃうよ」 「私だって濡れたよ。でもそうしないと見えないんだよ!」 わいわいと騒いでいるところへ、ツナのお母さんが入ってきた。そうして、さっきまで異様に仲が良かった私たちがもめているのをみて、あらあら、と笑った。 「どうしたの?」 「どうもしません」 「なまえが外に出ようって言うんだ。雨なのに」 「違うよ、光を見てほしいだけ!綺麗なんだもん」 初めしらばっくれた私は、気付けばまた、少ない語彙の説明をツナのお母さんにしていた。 分かるわけないと思っていたのにツナのお母さんは熱心に聞いてくれて、聞き終わるとにっこりと笑ってうなずいた。 「よくわかったわ。ふたりとも、家の庭を見てみると謎が解けるわよ」 「「え?」」 私たちは同時にきょとんとし、同時に顔を見合わせ、同時に窓まで走り寄って、雨のにじむ窓ガラスに額をくっつけた。 そうして見た先には、ツナのお母さんの言うとおりに、あの綺麗な薄紅紫の光が、雨に濡れてうれしそうに輝いていた。 謳う紫陽花 「……なまえ、あれただの紫陽花だよ」 「ほんとにあの色の光が見えたんだよ」 「……ふぅん…」 thanks;さよならワルツ |