novel | ナノ

終業式の帰り道、言われたことが信じられなくて、私はおもいがけず立ち止まってしまった。

トウヤにとっては何気なく放ったいつもの悪ふざけなんだろうけど、私のこころに深くつきささったそれは、こんなに暑いのに溶けるようすもなく、だからといってとうてい引っこ抜けそうにない。

軽いスクールバッグを肩にかけてだるそうにとなりを歩いていたトウヤは、とつぜんひらいた距離にいらいらしたようで、数歩先で鈍くさい私をふり返る。

そして私の顔を見るやいなや、不機嫌そうだった顔をさらにゆがめた。コンクリートの地面が反射するひかりを、トウヤの白いシャツがさらに反射してまぶしい。

もちろん、トウヤの表情がぼんやりしているのはそれのせいだけじゃない。


「…うわ、なに涙目になってんの」


ひっどい顔になってるけど?

いつもの毒舌ももうすっかり慣れたころだし、いつもなら軽くあしらうことができたはずなのに。それが決定打になって、もうそんなのがゆるされる歳でもないのに、私は真っ昼間からぼろぼろ泣いてしまった。

これ、私が彼女だったら、さすがの意地悪トウヤでもまたちがう展開が待ってたのかな。

だけど残念ながら私は、トウヤにとってはただ行き帰りをいっしょに帰ってるだけの幼なじみだし、せっかく夏休みがスタートを切ってものの数十分で泣かれるなんてたまらない相手だろうな。

わかっていても止められない涙に、じりじりと肌を焦がす太陽に恨みすら覚えた。きこえるため息に、アブラゼミが答える。…ああもう、暑い。


「…なんで泣いてんの。成績わるすぎたとか?」
「…ちがうし」
「じゃあ何?」


トウヤはさっき言ったことをもう忘れたんだろうか。私がはなしかけても曖昧な返事しかしなかったと思ったらとつぜん、あーあ、煩わしくて仕方ねー、なんてこれみよがしに言ったりして。

あの文脈じゃ、かんぜんに私に対する当てこすりだったくせに。

そして私はトウヤがそういう嫌みな性格をしていることを知っているのに。

それとも本当に、私なんかがトウヤの意地悪で傷つくわけがないと思っている、とか…?だとしたらとんだ大まちがいだ。今までだって、必死で傷を隠してきたんだから。


「はっきり言えよ、めんどくさい女だな」
「…めんどくさい女なんてさっさとおいて帰ればいいじゃん。暑いし」
「ほんと、…暑くていらいらさせるよな、お前。昔から」


吐き捨てるような声をきいたのは、顔をおさえた両手のうち、片手をひっぱられた瞬間だった。びっくりして涙も悲しみもひっこんだ視界には、まばゆい白シャツのせなかしか見えない。

暑いんじゃなかったの?も、煩わしいんじゃないの?も、のどがふさがってことばにならなくて、ただ破裂しそうな心臓だけが、ちょっと乱暴にひっぱられる身体をしっかりと家に運んでいた。

ああもう、ほんと暑い。


20110702~20110709
傷だらけのライオン/suger&spice
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