novel | ナノ

私のポケギアにはまだ、カントーのタウンマップの機能がない。

だいすきクラブの男のひとに聞いてみたら、シオンタウンっていうところにカントーのラジオ塔はあるらしい。でもタウンマップも土地勘もない私は、いまだにその「シオンタウン」がわからない。

ポケモンセンターに泊まる機会もなかなかないままに、気が付いたらレッドさんに最後に会ってから、今日で丸5日が経っていた。

ひとに聞くって手もあったけど、レッドさんが連れてってくれることは、それくらいの努力あってのことであってほしかったから。例えば、シロガネ山に行くように。

私の勝手なわがままだ。でも、そうやって努力して手に入れたなら、レッドさんのお家にお邪魔することも、許される…気が、した。 すべて私の思い込み、自己満足だけれど。

とにもかくにも、この日久しぶりにポケモンセンターに部屋を取ることができて、ようやくタウンマップを見ることもできた。シオンタウンもわかったし、レッドさんに電話することも、答えることもできた。

そのままタマムシシティにあと3日くらい滞在しようと思ってた、んだけど…。


『だめだよ』
「……え?」
『なまえはそんなうわさが流れてるところにいたいの』
「それは…ロケット団は怖いですけど、でも」
『でも、何』


ポケギアから流れてくる5日ぶりのレッドさんの声は、冷たい。まるで44番道路に流れ込むこおりの抜け道の空気みたいで、身震いしてしまう。


『なまえ』
「……でも、あの、バクフーンがいるので」
『相手はロケット団だよ』
「だいじょうぶです、わかって」
『わかってない』


遮られたうえに、即答されてしまった。

今だかつてレッドさんにこんなに冷たくされたことはなくて、なんだか悲しくなってしまう。きっとここで可愛い女の子なら、すぐごめんなさいと謝って好きなひとに従うんだろう。

そうわかってるのに、可愛くない私はここで引き下がれない。だって、ようやくポケモンセンターが取れたのに。ちゃんとしたベッドで眠れるのに。

いまここを離れたら、今度はいつちゃんと眠れるのかさえ、わからないのに…。


「……ちゃんと、わかってます。危ないってこと」
『なのに、泊まるの』
「自分の身は自分で守れるので、だいじょうぶです」


そうだ、私は守ってもらえるような可愛い彼女じゃ、ない。自分の口からでたせりふに妙に納得して、私は沈黙するレッドさんにだいじょうぶだと繰り返す。

レッドさんはやさしいから、心配してくれてるんだってことはわかってた。だからできるだけ心配かけないように、上手く説明しないと。


『なまえ、ロケット団に会ったこと、あるの』


そう思ってたから、途中で思いもよらないことを聞かれて、私は思わず口をつぐむ。会ったこと…?


「……。ない、です」
『オレは、バトルしたことがある』
「! そうなんですか!?」
『うん。……だから、』


レッドさんは、レッドさんらしからぬ、吐き出すような口調になっていた。なにか必死で伝えようとしてくれてるみたいに。

ずるい、と私は、何度思ったかしれないことをまた思う。


『なまえが、そんな場所にいるのは許せない』


そんなふうに言われたら、ただでさえわがままを言ってる自覚があるのに、耐えられなくなる。

何も言えなくなって黙ってたら、同じように沈黙したポケギアの向こうの空気が、不意に揺れた。

小さなため息は、レッドさんのものだった。呆れられたかもしれない。自分のせいなのに、勝手に怖くなったとき。


『……じゃあ、オレが行くから』


ぽつりと発せられたことばは、嫌われるという怯えに支配された私には意味が分からなくて、一瞬、返事が遅れた。


「え?レッドさん、あの。行くって、」
『そこにいて』


ぶつり、といつものように唐突に切られて、私の疑問にはすべて無機質な機械音しか答えてくれない。

え、え、くるって…ここに?レッドさんが!?
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