novel | ナノ

「いらっしゃい、なまえさん」
「こんにちは。ジョーイさん、」
「レッドさんは、今日はまだですよ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」


尋ねる前にジョーイさんはもう分かっていて、先に答えてくれた。何だか見通されてる気がして、私は恥ずかしくなる。


「なまえさん、良かったら食堂を開放しますから、そちらで待っていたらいかがでしょうか?」
「いいんですか?」
「もちろんです」


ジョーイさんは快くうなずいて食堂の扉を開き、席へ案内してくれた。全面ガラス張りの食堂で一番窓際の、眺めのいい最高の位置に。
そこはこの前、グリーンさんと初めて会ったときに利用した位置でもあった。

しばらく外を眺めてぼーっとしてたら、ラッキーがアイスティーを運んできてくれた。さらにありがとうと伝えたら、にっこり笑顔で返してくれる。あああ、ラッキー可愛いなぁ。

それからまたしばらく、レモン片を浮かべた紅茶をちびちびすすってるうちに、どれくらい過ぎたんだろう。

そのへんの草むらにいるのより全然毛並みの違うコラッタやラッタが、跳ねるように草むらを走っていくのを何度も見た。
たまにバクフーンよりずっと大きな影が、木々の奥をゆっくり横切ったりする。

シロガネ山のポケモンは強くて有名だけど、もしかしたら、もしかしなくてもきっと、珍しいポケモンもいるのかも、と思う。

レッドさんに聞いてみようかな。登山歴…というより山籠り歴?が長いから、知ってるかもしれない。

レッドさんのことだから、もう持ってるかも。

ひとりで修行中に、珍しいポケモンを見つけてあわてて追い掛けるレッドさんを想像したら、なんだか可笑しくて独りでにやけてしまった。我ながらあやしいなと思ってあわてて外を向いたときだった。

赤い人影が、いつの間にかガラス越しに目の前に立っていた。誰かなんてすぐに分かる。真っ先に目に入った靴元で、ピカチュウが手を振っていた。


「レッドさん…!」


聞こえるわけもないのに声を上げた私に、レッドさんは口パクか声に出したのかは分からないけど、言って寄越した。


"外においで"
「えっ?」
"早く"
「で、でもあの、ジョーイさんが」
"いいから"


早く。
再三急きたてられて、私はあわてて立ち上がった。

飲んでいたコップにはいつの間にか水滴がいっぱいついていて、離した手はびしょびしょなまでに濡れていた。



ジョーイさんにすみませんと言ってから(ジョーイさんは全てを察したみたいににっこり笑って見送ってくれた)、外に出ると、山の麓なのに暑さを感じた。

入り口あたりにレッドさんは見当たらなくて、焦った私は、さっきレッドさんを見た辺りまで走りだした。

待たせたから怒って帰っちゃったのかな。でもジョーイさんにきちんとお礼、言いたかったし…。


「なまえ、こっち」
「えっ、…レッ、ドさ、どこ」
「下だよ」
「し、た?」


切れた息で呼吸を繰り返しながら、下…左手にある段差の下を、おそるおそる覗き込んだ私は、そこでこちらに両手を広げてるレッドさんを見つけた。


「レッドさ…ん?」
「おいで」
「は……、え!?」


帰ってなかったんだ、よかった。と、ほっとしたのもつかの間。 とんでもないことを言いだすレッドさんに私は目を丸くして、裕に2メートルはありそうな段差の下にいるレッドさんを見つめた。


「だから、おいで」
「えええ、レッドさんあの、それは」
「……怖い?」
「あ、当たり前じゃないですかっ」


彼の後ろは、さらに深い崖になってるみたいに見える。もしレッドさんが受け止めてくれたとしても、よろけたらふたりとも終わりだ。

そして私の体重を考えると、レッドさんがよろける、もしくは転ぶ確率は100%。絶対、無理だ!


「だいじょうぶ」
「だいじょうぶなはずがないです…!」
「ちゃんと受け止めるから」
「無理ですよ…!私重いし、レッドさん下敷きにするなんて絶対無理です、死んじゃいます」


くす、とレッドさんが笑った。落ちるところを想像して、頭を抱えて目をつぶって座り込んでた私は、すぐさまそれを後悔した。…見たかったのに…レッドさんの笑顔。

顔を上げたときにはすでに遅くて、レッドさんはいつもの無表情で、相変わらずこちらを見上げて手を広げていた。


「…なまえ、」
「だから、だいじょうぶじゃないですって」
「だいじょうぶだから。ほら」


何でレッドさんはこんなに話が通じないんだろう。なお催促する彼に、私は泣きそうになりながら訴えた。


「嫌です、ダメです、私はどうでもいいですけどレッドさんが死ぬのは嫌です…!」


思わず自分が口走ってしまったことばに、言い切ってからはっとした。なななな、私、どさくさに紛れて何てことを…!

かあっと顔に血がのぼるのが分かって、今度はレッドさんも見えないくらいに深く、私は座り込んだ。会わせる顔もない。溝の下からは、今度は何も返ってこなかった。



1分。



2分…。



私は息を詰めたままでいた。

さわさわ、と木の葉がひそやかにささやいて、木漏れ日が揺れた。

レッドさん、今度こそ帰っちゃっただろうな。あんなタイミングで、まだ4回しか会ったこともないのに、告白まがいの言葉口走るなんて。
引かれても仕方ない。ばかだ私。

思ったら何だか、今さっきまでレッドさんとしてた押し問答の緊張か、ばかな自分が悲しいからなのか、それでもレッドさんが死ななくてよかったっていう安心感のせいか、ふと気がゆるんだのが分かった。

泣きたくない。

そう思ったのは一瞬で、ふと息を吐いたとたんに、たちまち視界がぼやける。

みっともないと思うのに、茂みに座り込んだまま、私はぼろぼろと泣き出した。
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