次の約束もなく別れたのは、これで3度目。 前の2回は偶然会うことになったけど、偶然はそう何度も起こらないから偶然なのかもしれない。 会わない日がこんなに長くつづいたのはこれが初めてで、つまり最長記録なわけだけど、それはたったさっきまで更新中だった。偶然ばったり出会うのは、つまりこれでまた3回目…、じゃあこれは偶然なの、それともちがうの? どうでもいいことを考えていないと、わけのわからない感情に支配されて泣き出してしまいそう。 きっと鏡みたいになってるんだろうけど、トオイくんは目を見ひらいて、じっと私を見ている。水色がかった白い髪の後ろに、なつかしいピラミッド型の建物。 そっか、ここトオイくんのお父さんの温室が近いんだ。正面を通らないためによくわからないべつの道をたどったつもりだったのに、結局、裏側に出ただけだったなんて。やっぱり私、ラルースのこと、ぜんぜん知らない…。 「…ぷら!」 「まいっ」 「かーげー!」 真っ先に反応したのはポケモンたちだった。 私たちの気持ちなんかつゆも知らないような無邪気さで、やわらかな芝生の上をお互いに駆けよっていく。きっと、久しぶり!とかそういうはなしを、気軽に、ふつうにしているんだろうな。 1、2回目に偶然であった私たちみたいに。 「…ごめん」 おたがいに視線を下げていた。沈黙があまりにもつらくて、とにかく何か言わなきゃと真っ白になったあたまが絞りだした私の謝罪が、ざくりと火ぶたを切る音がきこえる。 とたんにはじかれたように顔をあげたトオイくんは、怒ったような強いひとみで私の目を射た。 「どうして謝るの?」 「え、と…、なんと、なく」 本当に、そうとしか言いようがなかった。なんで謝ったのかといわれたら、本当の理由はたぶん、トオイくんが怒ってるから。だけど怒っているからとりあえず謝る、というのは通用しないって、ちいさい子でもきっとしっている。 ざあっとつよい風が吹いた。向こうでヒトカゲがあわててしっぽのほのおをかばうくらいつよい、夏の風。 それに乗るように飛んできたブロック型ロボットに、トオイくんはまただんまりのままパスを認証する。それからおもむろに口をひらいたけれど、ひとみはロボットを見送ったまま返ってこなかった。 「………なまえ、遠慮なんかしなくていいんだよ」 私より高い位置にあるトオイくんの横顔を、私は息をつめて見つめた。薄いひとみがゆれている。 思い出したくもない、思い出すだけでふさがりかけた心臓がやぶれてしまいそうだけど、たしかにあの日、オードリーちゃんはトオイくんとおなじことを言ったんだ。 幼なじみは、やっぱり似てる。近いんだから、あたりまえなのかもしれない。 だから、うらやましくて仕方なかっただけ。ああやって、自然と、なんの理由もなく手を取れるオードリーちゃんが…。 本当は、わかってる。悪いのはぜんぶ、私のひとりよがりな嫉妬のせいなんだってこと。風はさっきから絶えなくて、びゅうびゅうと髪の毛をかき乱される。 「…トオイくん」 「うん、なんでも聞くよ。謝罪以外なら」 加えられてしまった条件に、私はひらきかけた口を閉じた。 どうしてわかったんだろう?それに…どうしよう。謝るのを禁止されたら、言いたいことはもう絞られてしまう。トオイくんはやっぱり、前のトオイくんとちょっとちがっていた。 ユウコさんの前ではあんなに勇気が出たのに、いざ本人を目の前にしてためらうなんて。ふるえるくちびるをおさえるように、私は片手をくちびるに当てて、いちどだけ、小さく深呼吸をする。 「…私、トオイくんのことすきだよ」 きちんと言おうと思っていたことばだったのに、ふるえた吐息みたいな声がでて、かっと心臓が焼かれたように熱くなった。きちんと前を向いていたつもりだったのに、いつのまにか足下で、風になぎ倒された捩花を見ている。 110709
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