遅く起きたから、日が終わるのも早かった。 気がついたら夕方になっていて、いつの間に帰ってきたのか、下の階から包丁のリズミカルな音がする。朝あんなに寝坊したのに、またいつの間にか寝ちゃってたみたいだし、どれだけ疲れてたんだろう、私…なんだかだれにも見られていないはずなのに恥ずかしい。 いつもとは違う角度からオレンジが差し込んでるとおもったら、いつもとは上下逆向きに寝ていたみたい。 働かないあたまでむっくりベッドから起きあがる。かすむ目をこすりながら立ちあがったちょうどそのとき、開けっ放しだった部屋のとびらからなにか明るいものが入ってきた。 「かげ!」 「あ…おはよ、ヒトカゲ」 「かげ?」 かたわらまでやってきたヒトカゲがこてんと首をかしげる姿が、朝の大騒動を連想させて、おもわず笑ってしまう。ヒトカゲは楽しそうにしっぽをゆらした。 特に何をした記憶もないけど、ヒトカゲは何をやってたんだろう。しっぽの灯りが転じてきらきらしている緑のひとみからは、何もわからないけれど。 「今日の夕ご飯はなにかな」 「くう」 「なあに、おなか減ったの?」 「……」 とりあえずぼっさぼさになってしまった髪をなおしながら尋ねただけなのに、ヒトカゲはとつぜん視線をそらしたまま、何も言わなくなった。どうしたの、と聞いても、なにが起きたの、と聞いても目をあわせてくれないどころか、返事もしてくれない。 首をかしげながらリビングに向かって、私はようやくヒトカゲのきもちを理解した。 あいかわらず局所的にトントンと鳴る包丁、そして流れだすスープのいい香り…これはたぶん、ポタージュだろう。だけど私とヒトカゲが何も言えなくなってしまったのは、そんな手のこんだ料理をつくっていたから、ではない。 「あら、なまえちゃん起きたのね。おはよう」 「…ユウコさん…」 「あ、念のため言っておくけれど不法侵入とかじゃないから、不審には思わないでね?」 だんまりの私とヒトカゲを見て、カウンターキッチンの向こうから、ユウコさんは私たちに微笑んだ。止んだ包丁の音が、妙に耳にこびりついている。 こんなにきれいなよそのひとの前に、朝、とりあえずで着替えた部屋着で立っている事実が急にのしかかってきた私は、とりあえず状況を説明してもらうのはあとにして、着替えなおしてくる方をえらんだ。ユウコさんは気にしないよ、と言ってくださったけど、かくじつに気にするのは私の方。 そもそもこんな時間まで寝ていることをしられている時点で、服装なんかいまさらなのかもしれないけれど。寝ぐせもなおして来ないと、笑われてしまいそうな気がした。 20110627
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