novel | ナノ

どくん、どくんと大きく心臓が鳴る。シルエットは依然として前を見すえたままで、表情も見えないほど暗い中、目さえ合わせてくれない。

私が知るかぎり、トオイくんはゆっくりなんて歩いていなかった。もし本当にそうだとすれば、先にポケモンたちを歩かせて私に合わせてくれたあのときに、私の歩みが遅かったってことが原因になる。

私が気にしないようにかばってくれた…?それなら、どうして。

期待したい。したくない。相反する気持ちは考えたって仕方ないのに、往生際の悪い私自身が、私自身を苦しめて鼓動を早める。

だけど、そんな葛藤も長くは続かなかった。


「バシャーモ、ブレイズキック」「カメックス、ハイドロポンプだ!」
『さあ!リュウ、ショウタチームがしかけた先手必勝の先制攻撃でバトル開始だ!』


マイクを通して拡張されたトレーナーさんたちの声、それを追うようにはじまった実況で一気に湧いた会場の空気に、いつのまにか私も引き込まれていた。

バトルは初心者の私から見ても激闘だった。

炎の柱がゆらめき、水流が押し寄せたかと思えば、おおきな石のかたまりが落ちてきたり、激しい雷撃がフィールドをつらぬく。

ひとつひとつに会場中が息を呑み、手に汗を握り、一体となる。


「レアコイル、スパークだ!」
「バシャーモ、カメックスをかばってにどげりで受けとめろっ!」
「カメックス、ボスゴドラにのしかかり!」
「よーし、とっしんで向かい打て!」


同時にいくつもの指示が飛び、おおきな身体や技がぶつかり合う衝撃が、離れていてもぴんと張った空気から直に伝わる。

もう何分つづいたか知れない攻防のなかで、不意にまた肩をたたかれて思わずびくりとしたら、それに気づかなかったのか、ちょっとかすれたみたいなトオイくんの声が耳に流れ込んできた。


「次で決着がつくよ」
「えっ…次で?」


いつのまにか戦局は終盤にさしかかっていたらしい。

とつぜんささやかれた聞いたこともないかすれ声に、忘れていたように鼓動が流れだす。はからずも裏返った声には、今度はトオイくんも気づいたらしかった。


「見てて。最後だから」


ちょっと笑った声が思いの外低かったのにまたびっくりしたけれど、私が息を呑んだのと、4人のトレーナーさんたちが声を上げたのが同時で、うまくかき消される。

ひときわおおきな炎と水流が噴射され、稲妻と岩がはじきとばされるのが、モニターじゃなくてもはっきり見えた。

110322
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