novel | ナノ

夏休み企画より抜粋

※閲覧注意


異常だって分かっていた。分かっていても止められなくて、苦しくてつらくて、それでも私は、彼が、ジョットが好きだった。

もう気付いてしまった。


「なまえ……」


暗やみのなかで、大好きな声がささやく。ぼんやりとしか見えないのに、なぜか彼の鮮やかな金髪だけは、はっきりと色付いて見えていた。


「つらい、か」
「……平、気」
「……嘘を、つくな」
「だい、じょうぶ」


ふぅぅ、と息を抜く。つらい、苦しいのは彼が居ないときだ。こういうときばかり彼は優しく、饒舌になるから。すべてが終われば彼はさっさと、逃げるように去っていってしまう。今日だって、きっと。

…そう、思っていた。けれどすべてを終えたあとに、彼は吐息のようなささやきで、初めて言った。


「…今夜は、泊まってもいいだろうか」


なぜかその声はひどくやわらかくて、黒いビロードみたいだった。さらさらと指の間を抜けていく肌触りのよさに、私の身体がかぁっと熱くなる。


「……もちろん」
「ありがとう、なまえ」


くぃ、と引き寄せられ、ジョットのやわらかくて熱いくちびるが額に寄せられる。

いつもと全然違う、羽毛のような優しさに私の胸はいっぱいになった。嫌な予感としあわせな感覚が交互に押し寄せて、けれど今までの習慣が邪魔して、それが言葉になることはない。


「……ジョット」
「何だ」


何か、あった?私にできることは?……聞けるわけがなかった。


「…何でもない…」
「おかしなやつだな」


人の気も知らずにジョットはくつくつと笑う。髪を撫でる手が止まることはなく。彼は信じられない言葉を穏やかに紡いだ。


「……お前のそういうところが愛おしいが、……なぜ、聞かない?」


いま…何て?息が止まりそうになった。すべてが信じられなくて。夢オチだったりしたら笑えない。私は恐る恐る彼の名を口にした。


「…ジョット…?」
「私は…いや、オレは今までお前に何も言わず、何もやらず、お前がオレに与えることだけを要求した。…身勝手だと分かっていても、……明かすことはできなかった。…どうしても守りたかったんだ」
「だれを…」
「なまえ、お前を」


突然すぎて脳がついていかない私を尻目に、ジョットは説明するというよりもすべてを吐き出すように話した。

彼がマフィアのボスであることから始まって、…私の、ことまで。彼は明日、ボスの座を二代目に引き継ぐらしい。


「じゃあ、大切な人っていうのは…」
「お前以外に誰がいる?」


笑みを含んだような声。彼は今日、初めて聞く声ばかり出す。暗くて顔が見えないのを残念だと思ったのは初めてだった。


「受け入れてもらえるとは思わない。だが…」
「…何、言ってるの。最初から受け入れてるに決まってる」
「!」


いまさらになって弱気な彼が不思議に感じるのはきっと、私たちはすれ違っていたから。だっていま、こんなにも嬉しくて、泣きそうなくらい。


「私は受け入れてない男を許すほど軽い女じゃない」
「そうか……そうだな。だからオレもお前を愛した」


ジョットはさらりと、恥ずかしげもなく言ってのけたのに、私が言葉を紡げなくなった。あるいはそれを狙っていたのかもしれない。


「なまえ。ではお前に問いたい。オレはこれからこの国を出る。……オレと共に、来てくれないか」


こんなだめ押し、ずるいと思うから。きっと狙ってたんだろうと思いながら、やっぱり私はうなずくので精一杯だった。

Thanks;揺らぎ
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