novel | ナノ


※閲覧注意



神さまが世界をさだめなかったなら、今この世界は実現していなかったはずで。

今この世界が実現していなかったなら、今ここに私はいないはずで。

今ここに私がいなかったなら、きっとこんな気持ちにはならなかったんだろうなって、前の席に座るはちみつ色を見つめながら思ってしまう。

外ではまだ元気いっぱいの太陽が、赤や青や、魔女のひとみのような緑色をしたステンドグラスをきらきらと輝かせている。ああ、こんなにいいお天気なのに、朝からうす暗い聖堂で礼拝なんて、大人って退屈すぎてきらい。

さっきから眠ってくださいと言わんばかりに心地よい音階で説教をしている神父さまはだいすきだけど、私ほんとうは、礼拝なんかだいきらい。いいこぶって両手を合わせて下を向いているけれど、知られたらきっと、午後のお掃除を増やされてしまいそうなことばっかり考えてる。

それもこれも、前の席に座る男、ディーノのせいだ。

「神と子と精霊に誓って」
「アーメン」

あわててくちをひらいたけど間に合わなくて、私ひとりだけお祈りがずれた。ちらちらと寄越される視線がはずかしいから気づかないふりをしていたら、天のステンドグラスから浴びるひかりをはらんだ金髪がゆれて、ディーノがふりかえった。いかにも可笑しいって顔してる。


「なまえ、居眠りでもしてたんだろ」


濃いはちみつ色の金髪なんて、だれもがほしがって染めるような色なのに、このひとは生まれつきそれを持っている。それだけじゃなく、ぱっと人目をひくような造作も、まわりに慕われる人望も、なにもかも。

きっとディーノは神さまに愛されたひとなんだって、こんな簡単なこと、私でなくてもわかる。

だけど、ねえここだけのはなし。ディーノはマフィアのボスなんだって。笑っちゃうよね。マフィアのボスがどうして日曜日にここにくるんだろう?私、考えてみたけれどどうしてもわからなかった。

私の勝手な推測がつこうとつかなかろうと、ディーノは毎週ここにやってくる。


「居眠りなんか、するわけないでしょ。知らないみたいだけど、私は神さまの子なんだから」
「知ってるよ。でも神さまの子だって眠いときはあるだろ?」
「…それはそうだけど」


そうだ、忘れてた。ディーノは口もうまい男なんだった。どこのひとなんだか知らないけど、神さまがディーノに与えてないものなんてひとつだってない。

礼拝が終わりを告げて、ばらばらとひとが散っていくけれど、ディーノはいつもこうやって、神さまの愛娘でもなんでもない、ただの孤児の私と話をして帰っていく。

この日もディーノは私と神さましかいないからっぽの聖堂に残って、木製の堅いイスに座って、髪にやどしたおひさまといっしょに笑った。


「なまえは、意地っ張りだけどすなおだな」
「なあに、それ。矛盾してるよ」
「でもそのとおりだろ?」


そう、そのとおり。だから何も言い返せない私を見て、またディーノは笑った。何がおかしいんだか、神さまの愛した男はよく笑う。ほらすなおだ、なんて、だんまりになった私を指さしたりする。

突きつけられた指にかみついてしまおうかと、一瞬本気でおもったのはあとで神さまに懺悔しなくちゃいけないかもしれない。

ひとしきり勝手に笑って、なあ、なんてとつぜん、不機嫌になった私の髪の毛に触れたディーノはやけにまじめくさった顔をしていて、真剣なみつ色のひとみに私はとろけそうになる。


「なまえのそういうとこに、オレは救われてるよ」


とんでもないことを言いだすから、びっくりして心臓が止まってしまうかと思った。とろけてる場合なんかじゃなかった。神さまに愛された男ってこんな冗談もへいきで言ってしまうものなのか、あいにくそんなひとを私はディーノしか知らないからわからないけど。

あわててディーノの口を両手でふさいでから正面の神さまを見たけれど、さっきのことば、神さまに聞こえちゃったかな…。


「…ディーノ、教えてあげる。救いをもたらしてくださるのは神さまなんだよ」
「…そっか」


私の両手首をつかんで口からひきはがしたディーノは、私の教えを聞いてちょっと考えこんだあと、またにっこり笑った。


「じゃあ、オレの神さまはなまえだ」


いつものまぶしい笑顔じゃなくて、なんて言ったらいいのか、私にはもうよくわからなかった。つやのある極上のビロード…私は話しか聞いたことがないけれど、こんなふうなんだろうなって想像していたそれのような笑みをうかべたディーノは、ちゅっと、私が止めるまもなく私のつかんだ手首にキスをした。

神さまのいらっしゃる場所でとんでもない発言をする、この神さまに愛された男に心臓をうばわれた私の罪はどれほどのものなのか、もう考えがつかない。

ぎゅっと抱きよせられて、気がついたときには呼吸ができなくなっていた。


「本当は、…お前に会うために、通ってたんだぜ…なまえ」


切れぎれの吐息で、熱が注がれる。




a deadly poison (猛毒)
Thanks;ace
110623

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