novel | ナノ

夏休み企画より抜粋

※閲覧注意


ザァァァ… 酷い雨が降っていた。

ポツポツと灯った街灯の灯りさえ、絶え間なく降る雨に溶けて、ほとんど見えないくらい。

早く家に帰りつきたい。早く、早く。はやる気持ちが、びしょ濡れの靴の不快感を煽る。


「……なまえ」


不意に、激しくなった雨音の中でもよく通る、不思議な声が届いて、私は足を止めた。 ああ、反応した自分が悔しい。声の主なんて、姿を見るまでもない。普段は連絡さえつかないのに…どうしてこんなときばかり。

文句のひとつも言ってやろうと振り返った瞬間、私の傘は吹き飛んだ。


「…っなまえ、なまえ、」
「ジョッ…ト」
「………っ、」


ザァァァ…雨音が私の、私たちの全身を浸した。耳元で息を詰める彼の髪も、何も見えないくらいだ。


「ジョット」
「……」


そっと背に手を回すと、私の背に回った手にこもる力も強くなった。と思う間に、びっくりするほどの強さで抱きすくめられた。

苦しくて息もできないような抱擁。冷たい背中を覆ういつものマントを、思わず私は握り締めた。

彼はいつも不意にやってきては、こうして私を抱きすくめ、何かにすがるように私を求めにくる。


「ジョッ、…っん」


唐突に顔を上げたきれいな男は、そうしてまた、私に質問を許さない。いつもそうだ。 許さないまま、甘いくちづけと夜だけを与えて――あるいは奪うように得て、ふわりと、幻だったかのように消えるのだ。

あなたは誰なの? 責めるように叩きつけられてかじかんだ私の身体には、彼の体温は熱すぎて、暗い部屋の中なのに、私まで、あの街灯の灯りのように溶けてしまう気がした。

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