うさぎ、と云う生き物を知っているだろうか。ポケモンが生まれる遥か前に存在していた、ミミロルやミミロップの元となった生き物だ。偉そうに言って、ぼくも遺伝子に刻み込まれた曖昧な記憶でしか知らないのだけれど。まあとにかく、そのうさぎと云う生き物にぼくのご主人は似ていると思うのだ。耳みたいな髪型とか元気に跳ねるところとか。それから、泣き腫らして真っ赤な目とか。


 *


ぼくがまだたまごの時より前から、ご主人には兄貴分がいた。ご主人は兄貴分が大好きで、兄貴分もご主人のことを好ましく思っていた。初めてぼくとご主人が出会った日、兄貴分は自分がたまごから育てたと云うミジュマルでご主人と戦った。結果はご主人の勝ちで、負けた兄貴分は悔しそうだったけれど、兄貴分らしく「さすがだ」と褒めて去っていった。

「ありがとうツタージャ。これからよろしくね」

うさぎの耳みたいな髪をした女の子が、ぼくのご主人になった。この世界では初めてのポケモンを貰ったら旅に出るのが決まりとなっている。ご主人は旅にでる理由はなかったみたいだけど、兄貴分のあとを追いかけるみたいにして旅に出た。

「これからよろしくね、メリープ、リオル」

ずっと2人じゃ寂しいから、と牧場でメリープとリオルを捕まえた。新しく仲間に入った2人は、ご主人のことを好きになったみたいだ。甘えるように擦りつく2人を掌で慈しむように撫でる。

「ヒュウ兄、どうしたのかな」

優しい顔で新入りを見ていたご主人の顔が曇った。きっと先ほどのおかしな兄貴分を心配しているのだろう。確かにあの兄貴分は、悪く言えば気が触れたようだったから、ご主人が心配してもおかしくはない。ふとご主人はぼくを抱き締めた。顔が胸に押し付けられて視界を奪われたのでご主人の表情は見えなかった。

「ヒュウ兄、次のまちへ行ったみたいだからあたしたちも行こ」

ご主人に旅の目的はない。ただ兄貴分に、出会う人に誘導されて、流されるまま歩んでいるだけだ。



旅の途中で兄貴分は度々ぼくたちの前に姿を現した。物をくれたり、バトルをしたり、一緒に戦ったり、理由は様々だったけれど。

「さすがだな。もっと強くなって俺を助けてくれよ、メイ」
「うん」

現れる度、兄貴分は口癖のようにある言葉をご主人に言った。そしてその言葉は呪いのようにご主人を縛り付けるのだ。たくさんバトルをして、黒い服を来た怪しい奴らと戦って、ご主人は強くなった。周りの人間は強いねさすがだねと言う。しかしぼくはご主人がそれほど強くないことを知っている。だのに何故戦うのか。強い振りをして、周りに頼られるようにするのかわからなかった。

「あのね、内緒だけどね、ヒュウ兄はね、よわっちいの。心が、だよ」
「たじゃ?」
「ちっちゃい頃にね悪い奴から妹さんを守れなかったんだって。ヒュウ兄優しいからね。妹さんの仇をとるために頑張ってるみたいなんだけど、どうもトラウマから自分に自信が持てないみたいで……だからあたしが支えてあげなきゃいけないの」

それは違うだろう、とぼくは思う。支えが必要なのはご主人の方だ。兄貴分よりご主人の方がずっとずっと弱い。ご主人のことを完璧だと思っている人はたくさんいるけれど(ご主人がそう見えるよう仕向けているのだが)、実際は何もない道で転けてしまうくらいどんくさいし、直ぐに泣いちゃう弱虫だ。人前で自分を偽っていたら壊れてしまうぞ、ご主人。

「いいの。ヒュウ兄があたしに頼ってくれてるんだから。あたしに支えてって言ってくれてるんだから、頑張る。頑張れる」

仲間の数はもっと増えた。ご主人が泣く回数も増えた。ぼくらは泣き虫なご主人のために、死に物狂いで強くなった。ぼくらが強くなると兄貴分はご主人を褒める。ご主人はその瞬間は笑う。心底幸せそうに。けれど、兄貴分が見えなくなった瞬間に泣き出すのだ。

「ねえ、ジャローダ。なんでかな。ヒュウ兄に褒められて嬉しいはずなのに。どうして涙が止まらないんだろう」

悪い循環だと、ぼくは思う。こうしてご主人はどんどん自分を偽るのだろう。大好きな兄貴分に好きでいてもらうために、兄貴分の前では強い女の子でいて、幸せそうに笑うのだろう。

「あたし、これからどうなるの。ヒュウ兄がチョロネコを取り返したら、あたし、どうすればいいの」

でも本当は、ご主人は兄貴分に頼りたいのだ。普通の女の子らしく、好きな男の子に甘えたいのだ。そんな普通の欲求でさえ、圧し殺しているからこんなにいびつに歪んでしまうんだよ。

「どうしてかな。どうしてかな。わからないよジャローダ……」

ぼくには兄貴分みたいな両腕がないから。ご主人を抱き締めることもできないし涙を拭うこともできない。けれどまだ小さなツタージャのときから君の言葉をすって強く大きくなったぼくは、泣きじゃくるご主人をとぐろの中に囲んで、涙を隠してやることができる。
だって、泣き腫らしてうさぎのめみたいに真赤に染まった瞳を、誰にも見られたくないだろうから。



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