大会当日。なまえの応援をしに、俺と青子は市民体育館に来ていた。
「うー、緊張してきた」
「なんでオメーが緊張するんだよ」
「だってー」
青子は不安そうな顔で舞台を見つめている。俺はふぅと息を吐き、プログラムで彼女の頭を叩いた。
「んな顔してんじゃねーよ。なまえが見たら余計緊張すんだろーが」
「……分かったわよ」
パシッと両手で頬を叩いてよしっと気合いを入れる青子。そんな彼女に頷いて俺も舞台を見た。
「なまえまでまだ時間あるし、ちょっとお手洗い行って来る」
「迷子になんじゃねーぞー」
「ならないわ!」
スタスタと去っていく青子を横目に、再び息を吐いた。
あの日、なまえは泣いていた。理由は知らない。聞こうとしても聞けないでいた。
なまえがその話題をさけているから。
泣いたという事実をなかった事にしている。彼女がそう望むなら俺は何も言わないし聞かない。
ただ、少しだけ寂しいと思う。
隠し事があっても別に構わない。人には言えない事は誰にだってある。現に俺にだってなまえには言ってない事があるし。
けど、明らかに悩んで沈んでいるなまえを見るのは辛い。悩み事ならいつだって相談に乗ってやるのに。
「隣、いいですか?」
考え事をしてる最中に聞こえた声。『はい、どうぞ』と言おうとして開いた口から言葉が紡がれる事はなかった。
「お、前…」
工藤新一がいたからだ。
「ん?…あ、もしかして、なまえが言ってた俺のそっくりさん?」
お前が俺のそっくりさんなんだろ!と言いたがったが、彼の方が先に喋った。
「なまえは?」
「………まだ」
「そっか。良かった間に合って。あ、俺は工藤新一。なまえとは友達…みたいな関係かな」
「…俺は黒羽快斗。なまえの彼氏だ」
彼氏という言葉を強調させて挨拶を交わす。工藤はニコニコと胡散臭い笑顔で握手を求めてきたが、俺は見なかった事にして前を向いた。すると工藤は眉を八の字にして手を引っ込めた。
「んな、あからさまに嫌な顔すんなよ」
「嫌なもんは嫌なんだよ」
「嫉妬は醜いぞ」
「嫉妬なんかしてねー!」
なんなんだコイツ。話してると調子が狂う。
「まぁ仲良くしよーぜ」
「…………ケッ」
高校生探偵、工藤新一。なまえは現場で会うのはこの前が初めてみたいだったが、俺は何度邪魔をされた事か。
「なまえとはいつから付き合ってんだ?」
「なんだってんな事聞くんだよ」
「興味があるから」
工藤は間髪入れずに聞いてきた。
興味がある…?
訝しく顔を顰めているのに気付いた工藤は、また胡散臭い笑みを浮かべた。
「なまえに興味があるんだよ」
「はっ?」
「知りたい事がある…と言った方がいいのかな」
そう言って工藤は立ち上がった。
「そろそろ連れが戻ってくる頃だから移動するわ」
「あ、おいっ!」
「じゃーな」
後ろ手に振る工藤の後ろ姿をじっと見ていると、ちょうど青子が帰ってきた。
「快斗?どこ見てるの?」
「………いや、なんも」
知りたい事がある…?一体何についてアイツは知りたいんだ?
それを知るのは、明日のトロピカルランドでだった。
胡散臭い笑顔
(っつかアイツ、わざわざそれを言いに来ただけなんじゃ…)