「なんでなまえが…」

目の前の彼は大きく目を見開いている。

バレた。見られた。

新一くんに、私の顔を。

「…………っ!」

どんっと彼の胸を押して身体を離す。ドキドキと心臓が脈打っている。恋のドキドキのような可愛らしいモノではない。焦りや緊張から来るモノだ。

近くに落ちているハットと仮面を拾って身に付ける。

「説明しろ!なまえ!」

腕を強く掴まれる。ギリギリと食い込む指に顔を顰めた。

「…………離して」

「なまえっ!」

「離して!!」

そして私は懐に手を入れて閃光弾を取り出す。手を高く挙げ、それを思いっきり地面に叩きつけた。

まばゆい光が辺りを包み込む。新一くんは光りに目が眩み、私を掴んでいた手を緩めた。

その隙に駆け出して屋上から飛び降りる。

「待てっ!なまえ…!」

彼の声は聞こえないフリをして。



*****



「はぁっ、はぁっ」

近くに待機していた佐伯の車に乗り込み、肩で息をする。そんな私を不思議に思った彼が口を開いた。

「どうなさったのですか?」

「…っ、なんでも…ない」

胸の辺りを手で押さえる。激しい動悸に胸が痛い。

バレた、見られた、どうすればいい、そんな色んな感情がぐるぐるする。

「お嬢様、快斗様が心配しておられましたよ。無線が途中で切れたと」

「え、あぁ…」

そういえばいつからか彼の声は全く聞こえなかった。それどころじゃなかったから気にしていなかったけれど。

「連絡する」

「はい」

はぁ、と深く息を吐いてシートに身を沈める。窓から見える夜景は後ろに流れていた。

「ねぇ佐伯」

「はい」

正体がバレちゃった。そう言おうとしてやめる。彼に迷惑が掛かるだけじゃないか。ただでさえいつも迷惑ばかり掛けているというのに。

「…帰ったらかぼちゃケーキが食べたい」

「かしこまりました。ご用意致します」

クスクス笑う彼の声を聞きながら、置いてあった携帯を手に取る。ポチポチと操作してから耳に当てた。

『なまえ!!?』

「もしもし。今終わったよ」

『どこかケガしてないか!!?』

「うん、大丈夫」

そう言うと彼は安心したのかホッと息を吐いた。

「快斗は?」

『俺も平気だ』

「良かった…」

彼の声は私の心に染み入ってくる。それに暖かい。

声だけで十分なのに、会いたいという気持ちが溢れてくる。だからだろうか。

「………ひっく…」

涙が出てくるのは。

『なまえ?』

「…ご、ごめん。なんでもない」

慌てて涙を拭き取り、努めて明るい声色を出す。

「じゃあまた、月曜日に学校でね」

『おい!なまえ…』

まだ何か言いたげだったが、私は通話を切った。

頬を伝う涙を袖で拭って窓の外を見る。

夜景がぼやっと滲んでいた。



滲む景色
(拭っても拭っても、涙は溢れてきた)




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