体育館の中央に私はいた。しばらくそのままでいるとスピーカーから音楽が鳴り始め、それに合わせて身体を動かしていく。手にしているリボンも一緒に。
私は今、新体操をしている。今度の大会に出場することになっていた部員がケガをしてしまったらしく、どこから嗅ぎつけたのか私が大会に加わる事になった。
断っていたのだが、青子の耳に入ってしまい『なまえの新体操が見たい!!!』と言われてしまった。
快斗も快斗で面白がって『やってみろよ』とか言うし…。
高校に入ってから全くやっていないのに、そう簡単に出来るわけ無いじゃないか。
だから昨日は帰って練習して、そして今に至る。
ちらりと向こう側を見れば、青子はキラキラと目を輝かせ、快斗はぽかーんと間抜けな顔で私の演技を見ていた。
演技の終盤、リボンを前方上空に投げ、前転してキャッチする。そしてリボンを身体に巻き付けて最後のポーズをとった。
再びシンと静かになる体育館。だがどこからともなく拍手が聞こえてきた。
「きゃー!なまえすごーい!」
拍手をしながら駆け寄ってくる青子に苦笑いを返す。
「いえ、やはり以前のような演技が出来ていないのでダメですね」
「ううん!それでも十分すごいよ!」
相変わらず目を輝かせている青子。そんな彼女を押し退けて新体操部員が私の手を取った。
「さすがだわみょうじさん!これで我が校の新体操部も安泰よ!」
「…私は入部しませんよ?」
「どうして!!?こんなに実力があるのに!」
青子からタオルを受け取って汗を拭う。
「申し訳ありません。あくまで今回の大会のみ、私はこの依頼を受けただけなので」
「そんなぁ」
がっくりとうなだれる部員に困ったように笑って、私と青子はその場を離れた。そして快斗に近寄った。彼は未だに間抜けな顔をしている。
「…快斗?」
「へ?あ、終わったのか?」
「だからここに来たんでしょ」
周りには聞こえないように小さい声で話す。
「どうしたのよ、間抜けな顔をして」
「い、いや…」
「見惚れてたんでしょ?」
言葉尻に青子が口を開いた。今度は私がぽかーんと間抜けな顔をする番だ。
「ばっ、ばかやろー!んなわけねーだろ!」
「真っ赤な顔で言っても説得力ありませーん」
ニヤニヤと笑って快斗をからかう青子。彼は顔を赤くして否定している。
…着替えてこよ。
今の私はレオタード姿。このまま教室に行くわけ無いので、床に置いてあるカバンを手にした。
「先に教室に行って下さい。着替えたら私もすぐに行きますので」
「あ、なまえ!」
青子の声がしたが、私はそのまま歩きだす。
快斗と付き合うようになって数ヶ月。キスはおろか、手を繋いでデートなんてした事が無い。でも、2人でいる時間は増えた。青子が変な気を回してくれてるおかげで。
彼女には本当に申し訳ないと思ってる。でも言葉にして謝ることはしない。
青子が嫌がるから。
だから彼女の行動のまま2人になるのだが…。
ちらりと後ろを振り返る。彼らはまだ言い争いをしていた。
たまにあの2人が醸し出す雰囲気。誰も寄せ付けないそれは、幼なじみの特権。
それを見てるのが辛い。でも言わない。
青子の方が辛いはずなのに…。
更衣室に入り、私は静かにドアを閉めた。
黒いモノ
(いつから私はこんなに醜くなったのだろう)