「こんばんは」
警官が屯している庭に姿を見せた。彼らは一瞬目を見開き、すぐに無線で他の警官に伝えている。
「間抜けな警察の方々に私が捕まるとでも?」
ふふっ、と怪しく笑い、マントを翻して駆け出す。彼らは『待て!』と声を荒げてついてきた。
毎回毎回、頑張るよねホント。
懐に手を突っ込み、あるスイッチを取り出す。そして立ち止まり、警官にわざと見せるように顔の横に持ってきた。
「これ、なーんだ?」
「ば、爆弾か!!?」
「まぁ似てはいるけど、そんな物騒なモノではないよ」
カチッとそれを押す。すると私の後ろにある屋敷の裏庭からヒュ〜と花火が上がった。
何色もの花火が、夜空に咲き乱れる。
「は、なび…?」
「うん、キレイでしょ?これは毎回頑張ってる警察の方々への労い。受け取ってね」
もう一度懐に手を入れて、今度は催涙弾を取り出した。
「もう1つのプレゼントはいかが?」
ガスマスクを装着してから手を高く挙げ、催涙弾を思いっきり地面に投げつけた。それはすぐにシューと煙を出していく。警官は苦しそうに咳き込んでいた。
「うわ、量間違えた」
予想以上にたくさんの煙が出てしまい、私は眉尻を下げる。
まっ、結果オーライって事で。
私はそのまま屋敷に入る。ガスマスクを仕舞い、私は屋敷のあちこちを走りだした。わざと人目につくように。そして気付けば吹き抜けのロビーで数十人の警官が私を取り込んだ。
そろそろキッドが盗んだ頃かな。それにしても…。
私は、取り囲んでいる警官達を見渡した。その中には青子のおじ様と新一くんの姿はなかった。
彼らはきっと気付いたのかもしれない。私が囮だと。
…キッドなら、快斗なら大丈夫。
「もう逃げられないぞ!」
「大人しく捕まるんだ!」
「そう言われて、はいそうですね。なんて言うと思う?」
どうせ張り合うならこんな警官よりも青子のおじ様の方がマシだわ。
こめかみに手を当てて深く息を吐いた。すると、耳に仕込んであったイヤホンから音が聞こえてきた。
『仕事、終わったぜ』
「了解」
いつもの快斗の口調。きっともうこの屋敷にはいないだろう。
「私もすぐに行くから」
『あぁ、気を付けろよ。そっちに工藤がいるんだろ?』
「え?」
新一くんがこっちに?しかしいくら探しても彼はこの場にはいない。
「何かの間違いじゃ…」
「今だ!」
私が注意を逸らした瞬間、彼らが一斉に私目がけて走ってきた。
そんなので捕まるわけないでしょ。
袖に隠してあったある機械を取り出す。それを頭上にあるシャンデリアに向ける。そしてボタンを押すと鉤爪のようなモノが飛び出し、シャンデリアに巻き付いた。
数回引っ張って確認した後、もう一度ボタンを押した。鉤爪を巻き取ろうとしたがそちらは固定されている。代わりに私の身体が浮いた。
「なっ!」
「いやー、大きいシャンデリアで助かったよ」
私より数倍大きいシャンデリア。そこに降り立って鉤爪を回収する。そして今度はシャンデリアから飛び降りて彼らより数回上の手すりに降り立つ。
「月下の盃は頂きました。ではまた、ごきげんよう」
パチンと指を鳴らし、仕掛けてあった装着が作動する。ただの煙幕がこの部屋を白く包んだ。私はそれに紛れて屋上を目指して走りだす。廊下を駆けて階段を駆け上り、屋上のドアを開けた。
誰もいるはずのない屋上。しかし手すりの近くに人影が見える。
「こんばんは」
振り返った彼は鋭い眼光で私を見ている。まるで金縛りにあったように身体が動かない。
「く、どう…新一」
やっと動いた口。しかし声は擦れていた。
「…なんでここが」
「勘ってヤツですかね」
彼は人差し指をこめかみに当て、ニッと笑った。私はその様をただ見ていた。
「もう使用人の格好じゃないんだな」
口調が変わった。それだけなのに汗がどっと吹き出す。
「やっぱりバレてたのね」
「この屋敷の主人は使用人達にキッドの予告状しか話していない。それなのに俺が会った使用人はブラックが表れると知っていた」
そうだったのか。これは私の調査不足。いや、あの焦った状況でボロが出てしまった自身のミス。
「もう逃がさないぜ、怪盗ブラック」
今ここにいるのは、初めて会った時の工藤新一ではない。
名探偵、工藤新一だ。
怪盗と探偵
(彼の瞳は私を捕らえて離さない)