僕が初めて喚ばれてから数ヶ月が経った。その間、彼女の色々な表情を見てきた。
そんな短い時間でなぜそんなに喜ぶのか、と魔界では笑われるかもしれない。
何千年も生きる我々悪魔にとって、この数ヶ月はほんの一瞬でしかない。
けれど僕はこの数ヶ月が宝物だ。
大切な大切な、キラキラ輝く宝物なんだ。
「なまえさん、お願いがあるんです」
みんなが出払ったタイミングを見計らって、僕は彼女に話しかけた。
「はい、なんでしょう?」
「あの…」
しまった、なんて言えばいいか考えていなかった。
ジャケットのポケットにある携帯をぎゅっと握り締めた。
「か、簡単な事なんですけど」
「はい」
「ぼ、僕と…」
緊張で喉がカラカラになってきた。言葉がきちんと紡げるようにごくりと唾を飲み込む。
「い、一緒に写真を撮って頂けないでしょうか!!!」
「写真…?」
なまえさんは不思議そうに頭を捻る。僕は慌てて両手を顔の前で振った。
「別にブログに載せようとかそんなんではなくて、ただ思い出に!嫌なら断って下さって結構ですから!」
「いいですよ」
「そうですよね!嫌ですよね!変な事を言ってすみませ………ん?」
あれ?今、なまえさんが言ったのは『いいですよ』…?
彼女を見ると、にっこりと微笑んでいた。
「私なんかでよければ」
「ほ、本当ですか?」
「はい」
「………っ」
嬉しくて嬉しくて、僕はすぐさま携帯を取り出したカメラを起動させた。そしてちょこんと隣に座る。
「…あの、ベルゼブブさん?」
「ははははいっ!」
「近づかないと入りませんよ?」
そんな事言われたって近づけるわけないじゃないですか!!!
などとは言えるはずもなく、僕はきょろきょろと視線をさ迷わせる。
…と、ふわりと身体が浮く感覚がした。
「これなら大丈夫です」
気づけば僕は彼女によってテーブルに乗せられていた。そして僕の高さに合うようになまえさんが並ぶ。
「……………っ!!!」
なまえさんとの近すぎる距離、なまえさんのにおい。その全てに僕の心は掻き乱された。
「いきますよー」
彼女に携帯を奪われ、目線より少し上に持っていかれる。
ピタリと頬と頬がくっつく。彼女の体温を感じて、身体中の血が沸騰しそうだ。
「はい、チーズ」
カシャリとシャッター音が響き渡る。
「あ、ベルゼブブさんの表情が強張っていますね」
なまえさんに言われて携帯を覗き込む。彼女は相変わらず愛くるしい笑顔だ。反対に僕は顔を少し赤らめて笑顔もぎこちない。
「撮り直しましょうか?」
「だだだ大丈夫ですよこれで!!!」
またなまえさんとくっついたりなんかしたら僕の心臓がもたない。死んでしまう。
「ありがとうございました!」
「いえいえ。あ、そうだ。その画像私にも送って下さい」
「え?」
「初めてのベルゼブブさんとのツーショットですから待受にしたいんです」
「ははははいっ!」
そして僕らは赤外線を使って画像を共有した。
僕は君の色々な表情を見てきた。
だけどやっぱり君には笑顔が似合う。
画像を見ながらそう思ったんだ。
笑顔も涙も見つめてきたよ
(携帯を開くたびニヤけてしまうのは仕方ない)