「おはよう、黒い怪盗さん」


朝、突然目の前に現れた男子生徒。彼はニッコリと笑って手を頭の後ろで組んでいる。確か名前は黒羽快斗。


「何を言ってるんですか?」


「みょうじが世間を騒がせているアレだって言ってんだよ」


「何の事だかさっぱり」


張り付けた笑みを浮かべて廊下を歩きだす。そんな私の後ろを彼が慌ててついてきた。


「んな怒んなよー」


「怒ってなどいません」


「怒ってんじゃん」


切りの無いやりとりに次第にイライラが募ってくる。だけど学校で怒れるはずもないので、私は引きつった笑みを浮かべるしかない。


「では、職員室に寄ってから参りますのでこれで…」


「ローザの雫石」


ピクッと身体を反応させる。私が次に狙っているのがローザの雫石だ。


「俺も狙ってんだよ」


「…………は?」


「俺、お前と同業者だし」


同業者って…じゃあコイツも怪盗ってわけ!!?


「…私に正体をバラしてもいいんですか?世間に公表してしまうかもしれませんよ?」


「考えてみろよ。俺だってお前の正体知ってるんだぜ?」


あぁ、そうだ。これじゃあバラそうにもバラせない。


しばらく考えた後、私は深く息を吐いて前髪を掻き上げた。


「アレは私の獲物よ。邪魔したらぶん殴るから」


「お前、口調が変わってんぞ」


「これが本来の私。アンタの前では猫被る必要もないしこれでやらせてもらう」


正体がバレているんだ。だったら素でいた方が楽。お嬢様口調なんて疲れるだけだから。


「それから、私の事は呼び捨てで構わないから。私もそうさせてもらうし」


「分かった。まぁ俺も名字より名前で呼ばれたほうがいいしな」


「…じゃあね」


くるりと身体を反転させ、職員室に向かって歩きだした。


「あっ、なまえ!」


大声で呼ばれ、嫌そうに振り返った私に彼は笑って近づいてきた。すると、ポンッと小さな爆発が目の前で起こった。


「お近付きのシルシ」


快斗の手にはいつの間にか小さなブーケがあった。そういえば彼はマジックが得意なんだっけ。


花は嫌いじゃない。だから私は素直に受け取ってお礼を言った。


「…ありがとう」


作っていない笑みを浮かべて。


その日以来、快斗…いや、キッドはことごとく私の邪魔をしに現われた。でもそれはただ邪魔をしに来たのではなくて、捕まりそうな私の前に立ちふさがったり、逃走経路のトラップを全て壊してくれたり。


そう気付いたのはあの日、撃たれた後だった――…。



小さなブーケ
(…お前って笑うんだな)
(失礼なやつ)


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