「ブラックが逃げたぞ!追え!」
前を行く人物に手を引かれながら私達は屋敷内を走る。前にいるのは、さっきまで部屋にいた園田の息子の隆治。しかしさっきの声は…。
「…っ、キッド!」
大きめの声で名前を呼ぶ。しかし彼は応えない。代わりに握られている手に力が込められた。
まさか快斗に…キッドに助けられるなんて。
ぎゅっと下唇を噛み締める。悔しいという感情が渦巻いていた。
違う。悔しいんじゃない。
認めたくないだけ。天敵だと思っている彼に助けられたという事実を。
引っ張られて走って掛け昇った階段の先にあったのは屋上。そこには警察のヘリの外装をしたうちのヘリが止まってあった。
「早く乗って下さい」
「ちょっと!」
グイグイ引っ張られてヘリまで近寄る。私は力を込めてキッドの手を振り払った。
「一体何のつもり?」
強く掴まれていたために赤くなった自分の腕を押さえながら彼に聞いた。
「助けてなんて言ってない」
「でも貴女は困っていたでしょう?」
「…確かにそうね、それは認める。だけどあれぐらい自分でなんとか出来たわ」
キッと彼を睨む。いつもなら肩を竦めておどける彼だが、今日は違った。
「ウソはいけません」
「ウソだなんて…!」
「私が助けなければ貴女は今頃護送車です」
真っ直ぐ見つめられた視線から逃れられない。身体が強ばって汗ばむ。
なに、緊張してるのよ。目の前にいるのは天敵の怪盗キッドなのよ?そんなヤツに緊張だなんて。
屋敷の内外からは色々な声が聞こえてくる。事前に仕掛けておいたトラップのおかげでブラックの出現情報が混乱してるらしい。
「…だから言ったんです。私に協力して下さいと」
「リスクが減るから?そんなの、私には足枷にもならない」
「いいえ、そうじゃありません」
不意に腕を引かれた。思ってもみなかった彼の行動に私はバランスを崩し、彼の胸に飛び込む形になってしまった。
「ちょっと!」
彼から逃れようと暴れるが、苦しい程強く抱かれているため抜け出す事が出来ない。
「キッ…」
「見ていられないんだよ!」
大声を出すキッドに身体を強ばらせた。
「失敗しないとか言ってたくせに危なっかしい真似しやがって!」
初めてだ。キッドなのに素に戻ってるのが。
快斗が、こんなにも取り乱してるのが。
「心配かけさせるな」
小さく呟いた彼はもう一度強く抱き締めた後、ゆっくりと離した。
「…まもなく警察がここに気付くでしょう。ですから貴女は先に戻りなさい」
「でもまだ乙女の祈りが…!」
「それなら私が持っています」
懐を漁って取り出したのは、さっき私が園田に取り上げられた乙女の祈り。…やはり私は彼には勝てない。
空は、今の私のようにどんよりと曇っている。
大人しく彼に従うしかない、そう思って顔を上げた時だった。
なに…?
反対側の屋上に誰かいる。暗くて良く見えないので目を凝らした。
…………っ!
見えた。こちらに向かって銃を構えている男がいる。その銃口は私ではなくキッドに向かっていた。
「キッド…!」
叫んだ私は直ぐ様彼を突き飛ばした。
取り乱した彼
(同時に何かが私を貫いた)