「おねーちゃん!」
保育園に着くと、私を見つけた弟が駆けてきた。
「遅くなってごめんね、和希」
しゃがんで手を伸ばせば、そこに飛び込んでくる和希。腕の中で頭を振って『だいじょーぶ』と言う和希の頭を撫でた。
「こんにちは、なまえちゃん」
「坂井先生」
和希のバッグを持ってきてくれたのは、坂井奈緒子先生。いつもニコニコしていて優しい人だ。
「遅くなってすみません」
「そんな、大丈夫よ」
「あのね、せんせーとおえかきしてたの」
ほら、と言って見せてくれた画用紙には、私と和希とお母さんが描かれていた。
「おー、上手に描けたね」
「えへへ」
もう一度和希の頭を撫でて立ち上がり、先生からバッグを受け取った。
「今日もありがとうございました」
「いえいえ」
「せんせー!ばいばーい!」
大きく手を振る和希に坂井先生も振り返してくれる。そんな彼女に手を振って保育園を後にした。
*****
「どーはどーなつのどー」
「レーはレモンのレー」
一緒にドレミの歌を歌う私達。もうすぐで日が暮れる。
「今日はお出かけするよ」
「ゆーちゃんち?」
「うん」
それを聞いた和希は全身で喜びを表現している。
「お母さんも仕事が終わったら来るって」
「わーい!」
私と和希は父親が違う。私のお父さんはいなくなった。幼い私とお母さんを置いて。
その後再婚して、3年前に和希が生まれてすぐに離婚してしまった。
今は女手一つで育ててくれている。
お父さんの顔は覚えていない。というか、幼い頃の記憶がない。
それは当たり前だと言うけれど、みんなは断片的に記憶がある。
しかし私は全くないのだ。
覚えていたのは母親と、あの人だけ。
「早く行って、ゆーちゃんのお手伝いしてあげようね」
「うん!ぼくおてつだいする!」
繋いだ手を離さないように、強く握り直した。
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