「なまえ、そんな顔すんなよ」
浦原商店からの帰り道、私達はマンションに戻るため歩いていた。しかし私の足取りは重い。
「だって狼焔がまさかあんな事を言うなんて…」
胸の奥が何かにぎゅーっと掴まれた気分だ。とても苦しい。
「“この戦いが終わったらなまえの死神の力を無くしてくれ”だなんて…そんな事したら狼焔が消えちゃうじゃない」
「…いいんだよ、これで」
彼はそう言いながら腕を頭の後ろで組み、私の前に出た。
「お前は死神との混血児といえど人間の血を濃く受け継いでる。そんなお前が死神の力を持ってたらいけないんだ」
「でも…っ」
「なまえ」
くるりと身体を反転させて私と向き合う。彼の瞳はさっきまでとは違い、堅い意志が宿っていた。
「俺が消えても、お前の中の俺は消えない。だからいいんだ」
「狼焔…」
「あー、ほら。泣くな泣くな」
ポンポンと、子供をあやすように私の頭を軽く叩く狼焔。それがとても懐かしくて、涙が止まらない。
「変わんねーな。喧嘩でケガしても泣かないくせに、友達や俺の事になると泣くクセは」
「…うるさい」
ズッと鼻を啜り、ごしごしと目を擦った。強く擦ったので目は真っ赤になり、鼻声になる。
「とにかく、私は許さないからね」
真っ赤な目で背の高い彼を睨み上げる。狼焔は暫く私の目を見て深く息を吐いた。
「頑固なのも変わってないか」
「うるさいってば!」
「冗談だよ」
今度は笑って私の頭を豪快に撫でた。
生まれた時からずっと一緒にいてくれた狼焔。嬉しい時も悲しい時も一緒だった彼に、私は何をしてあげられるだろう。
さっきよりも少し軽い足取りで私達はマンションへ向かった。
*****
他愛もない話をしながら道路の角を曲がると、マンションの前に小さな人だかりが出来ていた。彼らは氷帝の服装をしている。なんだか凄く見覚えがある顔が並んでいた。
「あっ、なまえちゃーん!」
その中で1人が私に気付いて手を大きく振っている。くせっ毛のある明るい髪。リュックを背負っていてそこにはラケットが刺さっている。
「ジ、ジロー!!?それに皆も!!」
ジローを中心にして、氷帝テニス部のメンバーがそこにいた。
「なんでここに!!?ってか学校はどうしたのよ」
「今日は午前までなんだよ。だから皆でお見舞いに来たんだけど…」
「元気そうじゃねーか」
ジローの肩を掴んで景吾がグイッと前に出てきた。
「仮病、ってわけか」
「い、いや!これには深ーいワケがありまして!」
「あーん?」
ギロリと睨まれ、私は萎縮してしまう。だって仮病には違いないから。
「跡部、そない睨んだらなまえちゃんが可哀想やんか」
侑士はそう言うと私に近づき、耳元に口を寄せた。
「跡部な、めっちゃ心配してたんやで?今日の事も言いだしたんは跡部やし」
「えっ?」
驚いた。てっきり言いだしたのはジローだと思ってたから。
「何話してんだよ」
「なーんも。なぁ、なまえちゃん」
「あ、うん」
「あーっ!!!なまえちゃんと秘密を共有するなんてズルい!!!」
「そうだぞ侑士!!!」
ジローと岳人は頬を膨らませて割って入る。そんな私達を亮達が遠巻きに見ていた。
「それはそうと」
ジローがちらりと私を見た。いや、違う。その視線は少しズレていた。
「その人、誰?」
みんなの視線は狼焔へと向けられる。
「…………見えるの?」
「え?」
ジローを初めとして、みんなが驚いた表情をする。
私と狼焔は顔を見合せ、眉をひそめた。
END
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