ピンク色だった桜の木もすっかり緑色に変わり、私達はなんの進展もないまま(当たり前だけど)季節は夏へと向かっていた。

「あっつーい」

朝だというのに太陽はギラギラと私を照りつける。
日焼け止めを塗らないとあっという間にこんがり焼けちゃいそうだ。

「焼き豚…?」

「誰が焼き豚!!?」

振り返り様に鞄を目一杯横に振った。
しかしそれは当たることなく、勢いでぐるっと一回転してしまった。

「危な!」

「拓海が悪い!」

イーッと口を横に伸ばして、ふんっとまた歩き出す。
それを見た拓海は吹き出した。

「ブサイク」

「ブサイクで結構」

「そんなんじゃ彼氏なんて出来ないよ」

「出来るもん!」

「無理だって。あっ、俺は貰ってやらないぞ?」

たぶんそれは話の流れで言ったんだと思う。
例え違ってもいつもなら『なんで拓海に貰われなくちゃいけないよ』って言えるのに。

「…………」

この前見た夢がフラッシュバックした。

「あれ?なまえ?」

私じゃない誰かが拓海の隣にいて、私じゃない誰かが拓海と笑っていて。

手を伸ばしても、声を張り上げて名前を呼んでも彼には届かない。

そして最後に私1人取り残される、そんな夢。

今まで見た悪夢より怖かった。

なんだかそれが現実になりそうで私は…。

「なまえ!」

「うひゃっ!」

気づけば視界いっぱいに拓海の顔。
声にも驚いたけど、ドアップにも驚いてしまった。

「急に静かになって、どうした?」

「う、ううん。なんでもないよ」

へらっと笑ってみせるが、拓海は眉根を寄せてじーっと私を見つめている。

「ほら、早くしないと遅刻しちゃう!」

彼の後ろに回り込んで背中を強く押す。
初めは渋っていた拓海だったが私の強引さに負けて歩き出した。





*****





教室に入って席に着く。
はぁ、と項垂れていると、腕の辺りをちょんちょんとつつかれた。

「なまえ、おはよ」

「おはよー」

顔を上げれば友達のユミちゃんがにっこりと笑っていた。
彼女は前の橋本くんの席に横を向いて座る。

「どしたー?なんか元気ないぞ?」

「ん、ちょっと」

「拓海クン?」

「アタリー」

ピンポーン、と効果音まで付けてみたが彼女は眉尻を下げただけだった。

「拓海クンで悩むのもいいけど、あんた分かってる?」

「ん?何が?」

鞄から教科書を取り出して机の中に入れていく。
1時間目は英語だからそれは机に出して…。

「来週から…」

「あああああっ!」

突然の大声にクラスのみんなが私を見る。
しかしそれを気にしている場合じゃない。

「教科書忘れた…!」

宿題をやってそのまま置いてきてしまった。
ユミちゃんはポカーンと口を開けている。

「ちょっと借りてくる!」

ガタガタと椅子を鳴らして慌てて教室を飛び出した。
彼女の『なまえ!』という声を背中に聞きながら。




走って走って、息を切らせながらドアを開ける。

「拓海っ」

しかし彼の姿はそこになかった。

もー!肝心な時にいないんだから!

頬を膨らませてどうしょうか悩んでいると、『なまえ』と声がかかった。

「あ、蓮!」

「どうしたの?」

「英語の教科書忘れたから拓海に借りようと思ってきたんだけど…」

「教科書忘れたんだ」

なぜか蓮は面白そうに笑っている。
それを見ていた女子がざわっと湧いた。

やっぱり蓮のデススマイルにはドキドキしちゃうよね。
でも中学から見慣れている私は平気だけど。

「宿題と予習してそのまま置いてきちゃったの」

「なまえらしいね」

「そうかなぁ」

自分ではしっかりしてるつもりなのに、蓮からすれば“おっちょこちょい”なんだそうだ。

そんなことないのに。

「はい、教科書」

「いいの?」

「もちろん。英語は午後だからまだ使わないし」

蓮はご丁寧にも電子辞書まで付けてくれる。
拓海だったら絶対に教科書だけだから(この前も日本史の教科書だけで史料は貸してもらえなかった)、蓮のさりげない優しさがすごく嬉しい。

「ありがとう」

「どういたしまして」

ペコリと頭を下げると、蓮の大きな手が私の頭に乗せられた。





*****





「なぁ、一ノ瀬」

なまえが教室から出ていくと、後ろからクラスメートに肩を叩かれた。

「なに?」

「みょうじさんと同じ中学だったんだよな?」

「まぁ」

この流れは入学してから何度も経験がある。
なまえが俺のクラスに来ると絶対誰かに言われてきたから。

「紹介してくれ!」

ほら、やっぱり。

目の前の彼は手を合わせ、頭を下げて懇願している。
いつの間にか他の男子達が集まってきた。

「俺も!」

「俺も俺も!」

中学でなまえと仲良くなってから一体何人に言われただろう。
だが当の本人は安堂しか見ていないから、男子からのそういった視線に全く気づくことなくニコニコとしている。

でも万が一、ということもあるから断ろうと口を開いた時。

「ダメだよ」

後ろから声が聞こえてきた。

「げっ、安堂」

さっきまでとは違って、彼らは顔をひきつらせる。

「なまえに手を出したら許さない」

いつもの安堂なら笑って言うのに、今回はクスリともしないで真面目な顔をしている。

「べ、別にお前の彼女じゃないだろ?」

「うん。なまえは幼馴染みだよ」

「だったら…」

「ダメ」

安堂はにっこりと微笑む。

「なまえは俺のだから」

しかし目は笑っていなかった――…。



end



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